3−4
二匹の竜は対峙していた。
広い中庭も、2匹の竜がいては狭く感じるほどに、緊迫した空気が流れる。
グレンは黒煙を、白銀のアベムは雪風を身にまとい、お互い一歩も譲らぬ姿勢で身を構えていた。
「グレン様! ユーシス様! ……お止めください!」
アリーシアはユーシスのは後から叫ぶことしかできない。
グレンが怒りの声を上げてユーシスを脅す。
「アリーシアから離れろ、さもないと……!」
漆黒竜が白銀竜へ向かい、黒炎を吐きかける。白銀流は風を巻き起こすと、その炎を消し去った。あたりには庭の草木を焼く焦げ臭いにおいが残る。
グレンは次々と火球を生むと、白銀竜へ向けて炎を吐き出す。
「大丈夫です、下がってください。アリーシア姫」
アベムの背に隠れながら、アリーシアを庇うユーシスが小さく笑った。
「漆黒竜の火炎とアベムの雪風とでは、漆黒竜の方が分が悪い」
「しかし、ユーシス様……これでは……」
アリーシアは前へ出ようとした。
グレンならば、きっと自分の声を聞いてくれる。
止めようとするユーシスの手をかいくぐり、アリーシアはグレンとアベムの間へと飛び出した。
「アリーシア!?」
火炎では埒が明かないと判断したグレンは、暗黒魔法を詠唱しようとしていた。
しかし、首を上げ、聖句を唱えかけていたグレンはアリーシアを見て詠唱を止めた。
グレンの周囲は地が黒く染まり、泥沼になったそこからは、骸骨の兵士たちが姿を現そうとしていた。
その一人の手がアリーシアのドレスへかかろうとしている。
「危ない!」
ユーシスが飛び出した。白銀竜アベムもまた、背に風を巻き起こし、グレンへと風の塊をぶつけようとしていたからだ。
このままではアリーシアが魔法に巻き込まれてしまう。
「アリーシア!」
魔法を引いたのはグレンで、体を前にかばったのはユーシスだった。
「ぐっ」
自身の竜が巻き起こした疾風に体を巻き込まれ、ユーシスがどうっと倒れた。その額からは血が流れ出る。
「ユーシス様!?」
アリーシアがユーシスを抱き起こそうと近寄ると、鋭い声が飛ぶ。
「触るな、アリーシア!」
人間の姿になったグレンが、走り寄ってきた。
ビクッとアリーシアが手を引くと、目の前に立ったグレンが吐き捨てるように言った。剣を抜き、ユーシスへと向ける。
「城内に入り込んだネズミだ、始末する。……離れていろ、アリーシア」
「待って!」
アリーシアは呻き、起き上がれないユーシスの上に体を投げ出すと、グレンからその身をかばった。
「アリーシア!」
「駄目です、彼はすでに怪我をして動けません。グレン様、温情を!」
ラルフも隠れていた柱から飛び出し、アリーシアの横に膝をついた。
「僕からもお願いします、グレン様……!」
「お前は……」
ラルフへもグレンの怒りが向きつつあった。
アリーシアは考えた。ユーシスも、ラルフも自分が救わなければならない。
「彼は、ユーシス様は故国アルゴンからの使者だとおしゃっていました。ですから、アンカーディア様が帰宅されて、お話をされるまでは、どうか……」
グレンへと地に頭を着けるようにして懇願する。
乱れた金の髪も地へと着き、汚れた。
グレンは眉を寄せて拳を握った。憎々しげにユーシスを睨みつける。
「あんたがそう言うなら……。けれど、こいつには牢に入ってもらうからな」
「グレン様! ……ありがとうございます」
よしてくれ、とグレンが剣を収めた。グレンの腕にも傷を見つけて、慌ててアリーシアは立ち上がる。駆け寄って、腕に触れようとした。
「グレン様、傷が……」
「俺は良い。……魔法ですぐにも治る」
「……はい」
そこで二人は、互いの間に鉄格子がないことにようやく気づいた。
グレンがハッと笑った。
「お前との距離はいつもこんなに近いというのに……本当には近づけないもんだな」
言うと、不意に片腕でアリーシアを引き寄せた。
アリーシアの身を強く抱きしめる。そしてすぐに身を離した。
「……怪我がなくて良かった、アリーシア」
小さく笑うグレンへ、アリーシアは目を見開く。アリーシアの見たことのない、優しい笑顔だった。
「グレン、様……」
「さあ、このネズミを牢へ俺は連れて行く。……ラルフの処遇はあんたが考えろ」
ユーシスを顎で指し示し、グレンはユーシスの腕を手に取った。
「ありがとうございます、グレン様」
アリーシアは礼を言った。今の抱擁と、グレンの傷やユーシスの心配で頭の中は混乱していた。
けれど、ひとつだけはっきりしたことがあった。
(私はきっと……グレン様が好き……)
それに気づいて、アリーシアは悲しくなる。いくらグレンが好きでもグレンとの先はない。
そして、今はいないアンカーディアを思って、背徳感に苛まれるのだった。
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