3−2
「それで? 何であんたはキスしてやらなかったんだ?」
グレンは意地悪く訊ねる。少なくともアリーシアはそう感じた。
アンカーディアを見送った翌日だった。
アリーシアはいつものように本を持って、グレンを訊ねていた。
今日は珍しく太陽が顔を覗かせ、鉄格子越しにも柔らかな陽光が降り注いでいる。
アリーシアの金の髪にも光は指し、彼女の頬も明るく照らしていた。
グレンは人間の姿で、二人は鉄格子越しに座って話をしていた。
「何でって……別に、まだ、そんな……」
「へぇ。まだ、ね」
グレンが顎先を上げて、アリーシアを見下ろす。確実に馬鹿にした口調だった。
アリーシアは憤慨した。
最近はどうだと聞かれたから、素直に昨日の話をしたまでだった。
迂闊だったと、頬を膨らませて抗議した。
「まだ、よ。まだ、アンカーディア様への思いが育っていないだけだわ。……あんなに優しく、良くしてくれる方だもの。きっと好きになれるわ」
言いながら違和感を感じて、余計なことまで喋ってしまいそうになる。
アンカーディアのことを好きだ、大切に思っているという気持ちは本当だった。
しかし、それが父親や母親に感じる愛情、ラルフに感じる親愛とどう違うのかと言われれば頭が混乱した。
いつかはこれが恋になる。
いや、恋にならなくとも……アンカーディアと二人、妻と夫として静かな数年を過ごすことができる。
そう思う一方で、自ら自分にそう言い聞かせている自分にも気づいていた。
(いいえ、そうじゃないわ。アンカーディア様は他の人とは違う……特別な、私の許嫁だもの)
アリーシアは自分に再度、言い聞かせる。
「そうだと良いがな」
それに対するグレンの返答は相変わらずそっけなかった。
「そうよ」
アリーシアは彼から視線を逸らして、自分の足元を見つめる。
グレンとなら、不思議とこういう話もできる。自分の気持ちも素直に話せる。
アリーシアは、長く側にいたアンカーディアよりの前よりも、かしこまらずにグレンとは話をできるのを不思議に思った。
グレンが肩を竦める。
「しかし、アンカーディアも、お前のような子供が相手では大変だな」
片手を上げた、からかいの口調だった。アリーシアは鉄格子の向こうのグレンへと睨めつける視線を送る。
「もう16歳よ。子供じゃないわ」
見下ろしてくるグレンに合わせて、アリーシアは膝立ちになって彼を見返した。
グレンのからかいに応じて、少し遊び心を出しただけだった。
「そうか?」
どうだか、とグレンが鉄格子の向こうから、顔を寄せてくる。
指先で呼ばれて、アリーシアはわからないながらにグレンへと顔を近寄せた。
「次にアンカーディアにこうされたら……お前はどうするんだ?」
からかいの声音のまま、グレンは目を細めてアリーシアを見る。
グレンの褐色の美しい指が、アリーシアの顎先にかかった。
くいっと顔を持ち上げられて、アリーシアは上向かせられる。鉄格子の向こうには漆黒に輝くグレンの瞳があった。
「グレン様……?」
どれだけ近づいても唇同士が掠れ合う程度しかできないだろうことはグレンにも分かっていた。そして、その前にアリーシアがグレンの意図に気づき、逃げ出すだろうことも。
しかし、アリーシアは逃げなかった。
意外に思いながらも、グレンは自分を止めることができなかった。
二人はお互いに引き寄せられるように、唇を寄せ合う。
グレンが首を傾け、アリーシアは自然と目を閉じた。
触れ合う寸前に、グレンが顔を背ける。
「……っいや、駄目だ」
肩を掴まれ、アリーシアは引き離された。
アリーシアは驚愕に目を見開いた。
グレンは頭を振る。
混乱していた。
(守護しなければいけない少女相手に。しかもアンカーディアの領内で、何をしているんだ俺は……!)
いきなり拒絶されたアリーシアも混乱していた。グレンの行動ではなく、自分自身の行動にだ。
(私は、今、一体何を……)
アリーシアはふらりと身を引く。グレンの指先がアリーシアから離れた。
「私……今日は帰ります」
アリーシアが自身の体を抱いて言った。
「ああ」
短く答えて、グレンも引き止めることはできなかった。
混乱を抱えて二人は塔の上で別れた。
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