3−1

 夜半近く。盛装で、アリーシアはアンカーディアを門の前で見送っていた。

 アンカーディアは西方で起こった戦争の様子を見てくるという。

 アンカーディアから数日は戻らないと聞いて、アリーシアは心配に思った。

「気をつけてくださいね、アンカーディア様」

 つい俯くアリーシアに、アンカーディアは近寄った。

 いつもかけている片眼鏡をとり、自身のポケットへとしまう。

 片腕を伸ばすと身をかがめ、アリーシアの肩をそっと抱いた。

「……心配ですか?」

「は、い……」

 耳元で囁かれ、アリーシアは戸惑いつつうなずく。

 アンカーディアとこんなにも距離が近づいたのは初めてだった。

(どう……したのかしら……)

 拒否も、抱き返すこともできずにアリーシアは固まる。

 アンカーディアは抱き寄せる腕に力を込める。

 強く抱き寄せられると、アンカーディアの黒いローブの肩へアリーシアの顔が埋まった。

 アリーシアの困惑に気づかぬふりをして、アンカーディアは耳元へ唇を寄せる。

「大丈夫です。……私はあの、アンカーディアですよ」

 最後は冗談を混ぜて、間近でアリーシアの顔を覗き込む。

 いつものアンカーディアの様子に、アリーシアもホッとして口元をほころばせる。

「はい、お帰りをお待ちしております」

 お互いの緑の目を覗き込む。

 しかし、そこでふいにアンカーディアがアリーシアの耳元へ触れた。

 え、と思う間に腰を抱き寄せられて、顎を上向かせられる。

 アンカーディアの美しい顔が目の前にあった。

「お守りを頂いても良いですか……?」

 アリーシアにもキスを強請られているのは分かった。

 けれど、アリーシアには心の準備がまだできていなかった。

 眼前の、アンカーディアの目は真摯だった。

 強要をするつもりはないらしい。

 アリーシアは目を閉じて、背を精一杯伸ばした。

「アリーシア姫……」

 アリーシアは、首を傾けてアンカーディアの頬へと軽く唇をつけた。挨拶のように軽いキス。今のアリーシアの精一杯の気持ちだった。

 アンカーディアンは小さく笑う。それは少し苦いような微笑みでもあった。

「あなたは、本当に……憎めない、可愛らしい方だ」

 アンカーディアは首を傾げると、同じように、アリーシアの頬へ触れるだけのキスを返した。

 アリーシアをもう一度抱きしめる。

 アリーシアも今度は優しくその背を抱き返した。

「無事に帰ると約束しましょう。……あなたこそ、城には今ネズミがいるようだ。気をつけてください」

「……ネズミ?」

 アリーシアはアンカーディアを見て首を傾げる。アンカーディアは面白そうに眉を軽く引き上げた。

 身を離し、アンカーディアは踵を返した。

 アリーシアはドレスの裾を持ち上げて、深々とお辞儀をした。

「行ってらっしゃいませ。アンカーディア様。お気をつけて」

 アンカーディアは馬車に乗り込み出発した。その馬車は途中からふわりと浮かび上がると、空中へと駆け上がった。

 アリーシアはその姿を長い間見送っていた。

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