2−1

 ヒナと呼ばれる肉食の昆虫の群に、森でラルフは追われていた。

 ラルフは城を抜け出し、アリ―シアのために獣を狩っていたのだ。

 今日はアリーシアの16歳の誕生日だ。

 今朝のアリーシアは元気がなさそうに見えた。

 だから、何か特別な獲物をとラルフは考えていた。

 そのために、いつもは入らない森の奥深くまでへと誤って入り込んでしまったのだ。

 ヒナは小さな爪の先程の昆虫だ。群れをなし、極寒の谷や森を風に乗って移動する。

 ラルフは必死でヒナの群れから逃げていた。足元は疲れから何度も転びかける。

 しかし、森の中をかける雪風に乗ったヒナ達がそのラルフの後を追い、もう半時も経つのに追いつけない。ラルフは足が早かった。

 そして、森が開けた。

 ラルフは、ふいに現れた高さのある雪に足を取られ、どうっと転んだ。

 ヒナ達が一斉にその背に飛びかかる。

 最初の一匹が目では見えぬほどに細い足で、ラルフのボロボロの上着に掴まった。痩せた背や肩に次々と、2匹目3匹目が飛びつく。一瞬にしてラルフはヒナの群れに取り囲まれた。

(このままでは、食われてしまう……!)

 ラルフは自分の膝近くまでの深さの雪の上を、必死に這った。

「あともう少しなのにっ……!」

 悲鳴をあげようとして、視界の端に黒い呪文の書かれた横断線を捉える。

 雪の上にくっきりと、目の前を横断するそれは左右へ遥かかなたまで続いていた。

 細い指を、ラルフは雪の上で必死で掻いた。

 疲労のため痙攣する体をどうにか線の向こう側へ押し込み、足を引き込む。不思議と雪の上の黒い呪文線は乱れもせずに雪上へ残っていた。

 ラルフはこの黒い呪文の線を目指して走っていたのだった。

 一匹のヒナがとうとう、ラルフの頬へと這い寄る。

 ラルフは、荒い息の下で、嘲笑った。

「ははっ、お前たちにはこの線の意味が分からないだろう」

 ヒナは、まるでその言葉が通じたかのようにブルリと震えた。それから、唐突に雪の上に落ちた。

 ポロポロと小さなヒナがラルフの体から転げ落ちていく。雪に触れて、青い小さな炎を上げて次々に燃え始めた。

 ラルフの周囲がその炎の明かりで青白く輝く。

「燃え落ちてしまえ! これが、アンカーディア様の力だ!」

 ラルフが喚く。

 ヒナ達は知らなかった。

 魔術師アンカーディアが引いた一本の線のことを。

 ラルフは笑った。喉が裂けんばかりに笑った。

 荒い息で乱れた緑の髪が、額に汗で張り付く。

 ラルフが駆けてきた森は黒の森。その周辺は黒の大地と呼ばれていた。

 魔術師アンカーディアが、城への侵入者を防ぐために張り巡らせた、魔術の土地。

 ラルフは安堵から笑いながらその場に倒れ伏し、もうしばらくは動けそうになかった。

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