2−2

 世界の果てに城がある。

 そう青年は聞いていた。

 青年の名前はユーシス。引き締まった体躯に、剣を腰に差し、黄金色の絹のマントを羽織っていた。

 ユーシスは風の精霊が姿を変えた鷹を従え、切り立った崖の上に立っていた。

 眼下には深く黒い森が広がる。

 黒の大地と呼ばれる呪われた地が、ユーシスの足元から見渡せる全てへ呪詛を撒き散らす。

 大気を切り裂き荒れ狂う風が森の木々を揺らし、それが言葉とも呻きともつかない音を立てた。

 しかし、その吹きすさぶ寒風が、ユーシスの周囲には届いていなかった。

 代わりに、精霊が作る暖かな風がユーシスを包む。

 ユーシスは、長い旅の間にくすんでしまった、マントの留め具を顎の下で外す。地へと放り投げる。それは周囲の風に逆らい、ふわりと地へと落ちた。

 秀でた白い額に青い目、ユーシスの顔には美しい金髪が落ちかかっていた。

 薄い唇が笑みを作る。

 傲慢ともとれるその笑みが、一層ユーシスを美しく見せていた。

「黒の大地、か……」

 はるか下方に広がる森をユーシスは見下ろす。

「さすが魔術師アンカーディアが守る土地。しかし、お前たちには何でもないだろう?」

 ユーシスが誰にともなく呼びかけると、ユーシスを包む柔らかい風が答えのようにその頬を撫でた。魔術師ユーシスはこの世の風を統べることができるのだった。

 ふいにユーシスは何の躊躇もなく、一歩を踏み出した。

 後半歩の先には、深い谷が口を開けている。

 崖を駆け上がった風が、一瞬ユーシスの金の髪を掻き上げ去っていく。

「さあ、行くぞ。風の精霊アベムよ――」

 肩に止まる鷹へと声をかけ、ユーシスは地を蹴った。

 口元には笑み。銀のバックルを締めたブーツが地を離れ、ユーシスの体は凍える大気の中を森に向けて落下していく。

 一陣の風と精霊の鷹が、その後を追った。

「ははっ! お会いするのが楽しみだ、アリーシア姫」

 ユーシスが笑う。

 鷹が追随して、風がユーシスの衣服をバサバサと鳴らした。ユーシスは落下する。一直線に森へ向かう。金の髪が軌跡を描いていた。

 風がユーシスを守るように動いていることに気づくものは誰もいない。

 ユーシスは旧アルゴン国を目指していた。

 目的は囚われの姫、アリーシアの救出。

 現アルゴン国の密書を携えて、ユーシスは一人、旅をしていたのだった。

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