第4話 収録2 その2 声

 ソファーに座る出演者たちの背後に黒い布に隠されたパネルが運ばれてきて据え付けられた。

「開きますね」

 天衣がそーっと下から布をめくっていき、後ろに取り去った。もはやお馴染みの写真だ。客席から小さくキャッとかヒッとか言う悲鳴が上がったが、全体の雰囲気は重く押し黙ったまま、今日のお客さんはもうすっかり恐怖に麻痺してしまっている。

 先ほどのVTRよりもっと雪の降り積もった、しかしそっくりのつららの垂れ下がる山小屋の写真。開いた扉の軸を氷が覆っている。そこに、女が立っている。

「こちらが拡大したものです」

 もう一枚パネルが持ってこられ、となりに据えられた。

 氷のレンズの向こうに、胸から上の女。長い黒髪の横顔が、足元、山崎が仰向けに倒れて雪に埋もれていたであろう辺りを見ている、ように見える。

 こちらはカラー写真だが、女の姿は白黒だ。黒髪に白い顔、白い服。

 天衣もついブルッと震えた。

 先ほど畔田が投げ出した写真。七五三の神社の。あそこに写っていた女の幽霊の後ろ姿は、この女の幽霊の横顔に似ていないだろうか?

 これは秋田県。あちらはおとなり山形県の神社のはずだ。しかし取宇美山は両県の境にまたがっている。もしかしてすぐ近くではないのか?……

 いやいや、幽霊なんてみんな似たような姿をしているか……

 天衣は台本を思い出して進行した。もうかなりめちゃくちゃになっているが。

「紅倉先生」

 皆ハッと紅倉に注目した。

「この写真の鑑定をお願いできますか?」

 固唾かたずをのんで注目する。

「亡くなられた方ですね。はい。幽霊です」

「どういう方か分かりますか?」

「VTRに登場した方と同じ方ですね」

 窓から逆さまに覗き込んでいた顔の女性だ。一人の幽霊がビデオと写真両方にはっきり写された例はあまりないのではないか?

「ではこの女性の幽霊はこの山小屋に居着いているということでしょうか?」

「ふうーん……、小屋というより山ですね。小屋は、散歩道の途中にある東屋あずまやってところかしら?」

「では山中をさまよっている、と?」

「そう思います」

 天衣はADの掲げるカンペを見ながらもう一度確認した。

「先ほどと同じということは、三十歳くらいで、三十年くらい前に亡くなっていて、女の子が一人いて、まずまずの美人、と、こういう方ですね?」

「はい」

「分かりました。

 では、皆さん、お待たせしました。

 先ほどご覧いただいた、吹雪で山小屋に閉じ込められた撮影隊を撮したVTRですが、ここに、こんな不可解な音声が録音されていました。ご覧ください」



 VTRの終わり。

 中央に固まって動かなくなった四人。

 …………………。

「……え? なんだって?…… なんだよ、空耳か……」

 嵐。吹雪。


 ゴオオオオ、ビュルルルルルル……

「・・・・」

 ゴオオオオ。



 スタジオ。緊張してモニターに見入っていたタレントのアップ。天衣。

「お分かりになりましたか?」

「いやあ、分からないなあ……」

「では音量を上げてお聞きいただきます。ちょっと気をつけてくださいね」



 中央に固まって動かなくなった四人。吹雪と共にザーーと激しい雑音。

 ・・・オン・・・・ヨ。

「……え? なんだって?…… なんだよ、空耳か……」

 嵐。吹雪。

 ゴオオオオ、ビュルルルルルル……

「・・シテヤロウカ」

 ゴオオオオ。



 スタジオ、不安な緊張感が重く支配している。

「では問題の部分だけ、音声だけでお聞きください」



 ザーー……

『あの女ドコヨ? どこに隠したのヨ?』

 ザーー……



 悲鳴。天衣が「しっ」と唇に指を立て、視線を宙に向けて、聞いて、と注意を促す。



 ザーー……

『殺シテヤロウカ!』

 ザー。



 ドスの利いた女の脅し文句にスタジオは今度こそ悲鳴に包まれた。「こわーーっ」と男性タレントたちも騒いだ。女の子はすっかり表情が消えてしまっている。

 しばし騒然の後、天衣が紅倉に見解を求めた。

「先生。これもやはり?……」

「死者の声ですねえ。今回は大当たりですね」

「やはりあの女性の霊の声なんでしょうか?」

「そうです」

 姿と声が同時に捉えられることも珍しい。

「『あの女、どこよ? どこに隠したのよ?』と言ってますね?

 誰か、女性を捜しているんですか?」

「そうなんでしょうねえー」

「誰を捜しているか、分かりませんか?」

「うーーーん……」

 紅倉はあごに指を当て考えているふりをした。

「よく分かんない」

「そうですか。

 『殺してやろうか』とも言っていますね?

 これは……捜している女性に対して言っているんでしょうか? それとも女性を隠している誰か……取材スタッフ……でしょうか?を『殺してやる』と言っているんでしょうか?」

「そりゃあ隠しているスタッフでしょうねえ」

 紅倉はあはははとあどけなく笑った。完全にこの雰囲気に浮いている。そこがまた不気味だ。紅倉は重い雰囲気なんかにひるまない。どうせ見えない。気にしない。

「ズカズカと自分のテリトリーに踏み込んできて、カメラで自分を追い回して、ものすご〜く、怒ってるわね。あ〜あ、何もなきゃいいけどお〜?」

 紅倉はアハハハハと一人でウケている。

 三津木はだいたい分かっている。紅倉がこういうふざけた態度を取っているときは、何かを隠しているか、今はまだ言えないことをごまかしているか、どちらかだ。

 紅倉はこの女の幽霊の正体に見当が付いているに違いない。

 しかしふと思い出した。あの髪の毛の間の目玉は自分たちの関係者の誰かを狙っているという。そもそもあの悪霊とこの雪山の雪女と、何かつながりがあるのか? いや、そもそも同じ霊なのか!?

 収録は三時間半になろうとしている。かなり切らなければならないところがあるが、まあなんとかなるだろう。客も出演者ももう限界だ。これはまだプロローグに過ぎないのだ!

 三津木は次回の予告がてら紅倉への質問をADに指示した。ADは素早くスケッチブックにメモし、天衣に向けた。

「紅倉先生。最後にお訊きします。

 心霊写真コーナーで取り上げた七五三の神社の幽霊と、今の雪山の幽霊と、ひょっとして同じ幽霊なのでしょうか? いかがでしょう?」

「ふうーーん……」

 紅倉は今度はこめかみに指を当て、考え込むポーズを取り、ニンマリ笑った。

「似てるわよねー。でも、どうなのかしら? うふふふふふ」

 天衣に指示が示される。

「ありがとうございました。謎めいた紅倉美姫先生のお言葉でしたが、先生には引き続きこの謎の解明をお願いします。

 この謎は、次回に続きます」


 ハイ、カットー。お疲れさまでした。以上で今日の収録はお終いです。皆さま、ありがとうございましたー。

 スタジオディレクターの声で収録は終わった。みんな本当に疲れ切り、観客たちはADの案内に従い無言でスタジオを後にした。


 一週間後の放送では、スタジオで収録されたVTRの後に再現ドラマの一部を交えた次回二週間後の番組の予告が流された。

 再現ドラマは二本作られていた。

 一本は秋田地方に伝わる「つらら女」の昔話のドラマ。

 一本は三十年前に起きた雪下ろしの屋根からダイビングした中学生の死亡事故の再現ドラマだ。

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