第4話 収録2 その1 窓の影
『昨年十二月初め、秋田県の雪山で一つの遭難事故が起こった』
ナレーションと共に当時のニュース映像と等々力の取材による
『しかし、これはただの遭難事故とは片付けられない、隠された事実があったのだ』
ジャーンと効果音と共に画面は色調反転し、赤い血文字で
『雪山伝説殺人事件 血を吸うつらら女!』
と画面いっぱいに描かれる。
雪山のVTRとCGの図解によって山崎忠男の死んで(殺されて)いた状況が説明された。(ただし衣服について、及びそれによって推測される事態は言及されていない)
『そして我々は現地を取材に訪れ、そこで、身も凍る恐ろしい目に遭ったのだった』
『二〇〇X年一月二十三日』
ナレーションはなく、現地収録の生音で山を登る等々力グループの様子が映される。「こんなの軽い軽い」と冗談を言い合う音声もそのまま入っている。空は真っ青に晴れ上がっている。丸くゆるい斜面に浅く積もった雪にキラキラ太陽が反射し、にょきにょき生えた樹木の影も青い。
問題の小屋に到着。登山道から少し入り背後と側面をブナの木に守られるように建っている。
小屋に入る。
一通りぐるぐる内部を撮す。カメラが斜めに下ろされ、一瞬窓が映り、真っ黒になる。
ナレーション。
『ご覧になっただろうか?
もう一度』
斜めに突っ切る窓。
『もう一度、スローで』
ブオブオブオ、とスロー再生された雑音と共に斜めの窓がカタカタカタと左下から右上に移動していく。
キャーーと悲鳴が上がった。
『お分かりになっただろうか?』
ブオオブオオブオオ・・と更にスロー。停止。
キャーキャーと激しく悲鳴が上がる。
斜めに上がっていく窓。その左上の隅に、黒くビラビラした物が垂れ下がってくる。カメラから外れる寸前、逆さまにこちらを見ている女の顔の半分が現れた。
女の目の、アップ。
「キャー、キャー、キャー」
スタジオに悲鳴が満ちた。観客の若い女性たちは抱き合って涙を流している者もいた。ゲストたちもモニターを見て固まっていた。
青い顔の天衣喜久子が、紅倉の定位置である奥に離れたデスクに向かって訊いた。
「紅倉先生。これは、やはり幽霊なんでしょうか?」
「はい。これ以上なくはっきりした幽霊ですねえ」
紅倉はニコニコしながら言った。今日の紅倉もいささか
「女の人ですよね? どういう人か分かりますか?」
「それはもう、雪女に決まっているじゃないのー」
紅倉は
「雪女ですか? 雪女って、幽霊なんですか?」
「さあ? どうなんでしょうねえー?
オホホ、ごめんなさい。ちょっと遊びが過ぎますね。はい、まじめにお答えします。
この女性は亡くなっています。つまり生きている人のイタズラや、スタッフのヤラセじゃなくって、生き霊でもなくって、死んだ人の魂が生前の姿を現したものです。
しかしそれにしてもはっきり写ったものですね。えーと、皆さんにも見えているんですよね?」
紅倉の視力は非常に弱い。明暗の影がおぼろに見えるだけだ。紅倉の見ているものはこの世の姿ではない。
「ちょうど三十歳くらいですね。ふうーん……、亡くなったのも三十年くらい前かしら? もうだいぶ生前の記憶は失われているわね。よく分からないなあ……。子どもが一人。女の子。でも母性はあんまり感じないわね。色気の方を強く感じます。まずまず美人、かな?
と、こんなところでどうかしら?」
「なるほど。名前は分かりますか?」
「(ピー)さん」
「亡くなった状況は分かりますか?」
「殺されてるわね」
紅倉のあっさりした言葉にスタジオがざわめいた。
「殺した相手は分かりますか?」
紅倉のもう一つの顔、未解決事件の真相を霊的に透視する俗称「死体捜し屋」。この「本当にあった」シリーズと同じ時間帯を分けるライバル番組「生追跡!真相を探れ」の実績で紅倉は世間に圧倒的な知名度を得たのだ。こちらの「本当にあった」の方が出演は先なのだが。
「女性の夫ですね。就寝中にロープで首を絞められています。その、裏切られた怒りと憎しみが、この人をこの世にとどまらせているのね。お気の毒」
スタジオはしーんと静まり返った。
スタジオディレクターの指示で天衣が進行する。
「分かりました。先生には後ほどまた解説をお願いします。
この女性の幽霊に遭遇した取材班ですが、実は、この後さらにとんでもない事態に遭遇するのです。ではVTRを、どうぞ」
『取材班を更なる恐怖が襲う。その瞬間を、ご覧いただこう』
小屋の内部らしいが隅の暗がりを撮しているようでよく分からない。離れた所から「社長!雲が」と叫ぶ声が聞こえ、カメラが構え直され、等々力と登山家の姿と開いたドアから外が見える。途端にピカッと
内部の重苦しい様子。レンズがくもり、何度も拭かれる。
ドアを開けて外の様子を撮ろうと試みられるが、画面がめちゃくちゃに振り回され、白が激しく乱舞し、乱れた画のままカメラは切られる。
窓から外の吹雪が見える。すさまじい低音と金切り声。
中央に固まって震える男たち。
「マイナス八度! 馬鹿な、ここは北海道じゃねえぞ!」
「超常現象ってことだ!」
沈黙。暗い画面。
「寝るなあー、寝たらあー死ぬぞお……」
一番元気な等々力が沈黙し、もう動く者はいない。
外の嵐の音が吹き荒れている。
吹き荒れている。
吹き荒れている。
…………………
「……え? なんだって?…… なんだよ、空耳か……」
嵐。吹雪。
ゴオオオオ、ビュルルルルルル……
「・・・・」
ゴオオオオ、ビュルルル、
ゴオオオオオ、
ゴオオオオオオオオオオ、
オオオ。
暗転。
スタジオ。
天衣とゲストたちが緊張から解放されてほおー……と息をつく。
「これが取材班の遭遇した恐怖の一部始終です」
「なんだあ、お化け出てこなかったじゃない〜?」
タレントの女の子が軽い笑い声を上げたが、不安そうにキョロキョロした。
「ね? なんにもなかったですよねえ? ねえ?」
天衣が息を吸い込んで言った。
「ところが、今のVTR中に、不可解な音声が入っていたんです」
「え〜〜、もうヤですう〜〜」
タレントの女の子はとうとうポロポロ涙をこぼし始めた。男性タレントに慰められる。天衣は気にしつつ進行する。
「その音声を確認する前に、そもそもの事件を今一度確認しましょう。
山崎忠男さんが亡くなったのは当初事故と
山崎さんの死が単なる遭難事故とは考えづらく、しかし一方、では誰かに殺害されたのかというと、それも不思議な状況であったことは先ほどのVTRの通りです。
では、何が、山崎さんを死に至らしめたのか?
そのヒントになるかもしれない、先ほどの取材VTRの続きがあります。まずはそちらをご覧ください」
VTR。山小屋を脱出して外から撮した画。降り積もった雪と、屋根から伸びる十数本の太いつらら。
VTR終了。
「というわけです。先ほど地元の登山家の方が驚いておられたようにこの突然の吹雪は異常な気象現象と言ってよく、今ご覧いただいた山小屋の様子は、山崎さんが亡くなったときの山小屋の様子と非常によく似ています。
では、週刊誌に掲載された問題の写真をご覧いただきましょう。これは捜索隊に加わった一般の登山家の方がこの事故と、異常な気象の記録としてご自分のデジタルカメラで撮影されたものです。こちらです」
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