第3話 収録1 その2 紅倉登場
あまりに重い緊張に黙り込んでしまった
「それでね、先生。じゃあこの目は、我々の、何を、誰を、見ているんですか?」
まさか自分では………と、誰もが息を飲んだ。
畔田は額を押さえ、悩ましく首を振った。
「分からん……。見ている物が現れてこないんだよ……。なあ、三津木君」
三津木は飛び上がって驚いた。ベテランの畔田がカメラ越しに直接自分に話しかけてきた!
「なあ三津木君。この写真を放送するのは止そう。こいつは強力すぎて僕の手には負えん。いいかい?こいつは、時空を越えて、今、現在、ここに、居るんだ」
…………………………。
「いやしかし、ここには居ないのかもしれない。つまり、これが放送されてしまったら、こいつはテレビを通じて、全国至る所を見て、存在し、復讐の相手を見つけてしまうかもしれないのだよ」
畔田は必死と力説する。
「それだけ、こいつは恐ろしい悪霊なんだよ!」
三津木はスタジオに走った。
「先生。それはつまり、放送してしまったら誰か犠牲者が出るということですか?」
「その通りだよ」
畔田は厳しい顔で断言した。
「僕はテレビタレントじゃない。霊能師なんだ。霊の問題から人を救うのが仕事なんだよ。明らかに悪い結果をもたらす行為を、僕はプロとしても、人道的にも、出来ないよ」
三津木は本格的にまいった。面白いとは思ったが、まさかこれほどの物とは思わなかった。
天衣がテーブルの上に放り出したパネルを見て思う、
この目は、こんなにはっきりしていただろうか? 黒目がくっきりして、血走っている。
生々しく、ゾッとした。
決断を下さなくてはならない。この後に大ネタが控えているのだ、このまま収録を停滞させるわけにはいかない。
「分かりました。この写真は今回保留にしましょう。後で改めて相談させてください」
畔田は幾分表情をゆるめて、かえってすまなそうな顔をした。
「ではすみませんがもう一枚の写真をお願いできますか?」
「ああ。悪いね」
オリジナルの写真は黒い盆に載せて畔田が持っている。アシスタントの女の子が怖がるので男のADが受け取りに来た。
観客は疲れ切っている。
「皆さん。恐ろしい思いをさせてしまって申し訳ありません。もう少し頑張ってください。この後
紅倉美姫の人気は絶大だ。観客の女性たちはとなりと顔を見合わせ、仕方ないかと頷き合った。三津木は畔田に頭を下げた。畔田も笑ってうなずいた。観客からキャッと歓声が上がった。
「紅倉先生がこの写真は自分に任せてくれないかとおっしゃっているのですが」
と言った。先ほどのADが写真を載せた盆を持ったまま困った顔をしている。
三津木はどうしましょう?と畔田に問うた。畔田は顔を赤くして
「では紅倉君を呼びたまえ!」
と芙蓉に強く言った。芙蓉は三津木に問い、三津木もうなずいた。
芙蓉に手を引かれ紅倉美姫が現れた。その可憐で神秘的な姿に観客たちは歓声を上げたいところだが、スタジオの重い緊張感に遠慮して声が出せなかった。紅倉は畔田にていねいに頭を下げた。
「失礼な勝手を申してすみません」
畔田は顔をこわばらせている。やはり怒りと、心配が、ない交ぜになっている。
「控え室からこれを嗅ぎつけてきたのかね? そういう真似は
「岳戸さんだったら面白かったでしょうにねえ」
「笑い事じゃあないよ。分かっているだろう? これは悪霊なんて言葉でも足りない、これはもはや……」
「魔物」
紅倉はうっすら笑みを浮かべた。
「ですね。ですからわたしに任せていただけません? わたしも、似たような物ですから」
「紅倉君……」
紅倉をきつく見つめる畔田の目がじわりと潤んできた。
「いけないよ、そんな風に思っちゃあ……」
紅倉はニイッと笑った。
「平気ですよ、わたしは。それに、彼女の捜し物は、わたしの件に関係あるようですから」
畔田も驚いた。
「そうなのか?」
「ええ。呼ばれたんですよ、わたしも」
写真の盆は今芙蓉が持っている。紅倉は赤い瞳でジロリと目玉を視て口許の笑みを挑戦的に深めた。
畔田は、ため息をついた。
「分かった。君に任せる。僕は降りる。三津木君、すまんが僕はここまでにさせてもらうよ」
畔田はこの場の空気を振り切るようにスタスタセットの裏へ歩いていってしまった。
三津木は紅倉に問うた。
「先生、この写真、放送してしまっていいんですか?」
「かまわないでしょう。被害者はどうせ身内です」
三津木はギクリとした。自分たちテレビの関係者が標的だというのか?…………
紅倉は楽しそうに微笑んで観客と出演者たちに挨拶した。三津木は腹をくくった。
「では収録を再開します」
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