第3話 収録1 その1 写真
これはいけるぞ、と三津木は内心ほくそ笑んだ。
等々力組の秋田県取材から一週間後、早くも中央テレビ第三スタジオにて再来週放送予定の「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」の収録が行われようとしている。通常一ヶ月に一度の二時間スペシャル番組だが、三津木はさらにまた二週間後の番組枠獲得をプロデューサーに進言していた。編集した取材VTRを見て「これはいけるぞ!」と小躍りして喜んだ。プロデューサーも「紅倉先生なら」と前向きな検討を約束した。
しかし二時間の枠を一つのテーマでやるのは視聴率的に辛い。それに今回はプロローグに過ぎないのだ! 前半は視聴者から寄せられた心霊写真の検証を男性の霊能師、畔田俊夫(くろだとしお)先生にやってもらい、その最後に例の写真を出して紅倉先生にバトンタッチしてもらう。
「紅倉さんにはかなわんねえ」
和服を着こなす五十代の畔田霊能師はメガネの奥の目を
芙蓉美貴も収録前に紅倉先生に
畔田はケーキを受け取って嬉しそうにニコニコした。芙蓉はうつむき気味に
「すみません、本来は紅倉先生ご本人がご挨拶に来るべきなのですが、その……、先生は人見知りが激しくって……」
と苦しい言い訳をした。畔田は「まあまあ」と芙蓉にもお茶を入れ、畳の上に招くとさっそく箱を開け自分の分と芙蓉の分とケーキを皿に取った。
「お邪魔します」
芙蓉は断るわけにもいかず靴を脱いで丸テーブルに畔田と向かい合った。畔田に弟子はいない。
「いやあ紅倉先生の差し入れはいつも美味しくて、僕なんかの手の届かない高級品ばかりで、実はね、毎度楽しみにしているんですよ。いただきます」
手を合わせてショートケーキにフォークを入れた。
「うーーん。おいしいねえ」
畔田は口の中の香りをゆっくり楽しんでニコニコ言った。
「いただきます」
芙蓉もミルフィーユにバリバリッとフォークを刺して口に運んだ。美味しい。
畔田は満足そうにニコニコ芙蓉を眺めて言った。
「紅倉さんは相当わたしが苦手なようだね」
「いえ、そんな……」
パイ生地が喉に引っかかって思わず顔をしかめた芙蓉に畔田は茶を勧めた。芙蓉は一口飲み下し、
「いえ、そんな、畔田先生だけを特別敬遠なさっているわけでは……」
とまた苦しい言い訳を繰り返した。ちょっと先生が恨めしい。
「ハハハ。まあ、この商売をしている者同士あまり顔を合わせたくないという人も多いけど。でも紅倉君は僕のこと、苦手なんだろう」
「はあ……」
と芙蓉はうつむいた。紅倉先生は畔田先生を嫌ってなどいない。名前が出たときにはいつも褒める。紅倉先生が同業者を褒めるのは畔田先生だけだ。
「ま、気持ちは分かるよ。いろいろと、僕に視られたくない物をお持ちなんだろう……」
芙蓉は思わず畔田の目を覗き込んだ。先生に何を視るのだろう?
「君が現れてくれてよかったよ。紅倉君を守ってあげてください」
畔田は
収録開始。
畔田には五枚の心霊写真を視てもらう。
他の心霊番組ではあらかじめ霊能師に写真を渡し、鑑定結果を準備しているが、この番組では特別な場合を除いて生で視てもらう。どうせ収録なので時間がかかったってかまわない。極力生の緊張感が欲しいのだ。霊能師によっては雑念が入るから嫌だという者もいるが、テレビマンの厚かましさで聞く耳を持たない。
三枚の写真は特にどうという物ではなかった。しかし四番目の写真に畔田はひどく深刻な面持ちをした。
まず畔田にオリジナルの写真を渡す。ゲストや観客が見守る中、畔田は鑑定をし、うなずくと、番組が進行する。
司会の天衣喜久子(あまいきくこ)が紹介する。天衣はふんわかしたお姉さん的な雰囲気が人気のタレントだ。
「次の写真は山形県の青沼みゆきさんからお寄せいただきました。
この写真は昨年地元の神社で撮った物です。とにかく気味が悪く、何か悪いことが起きるのではと不安で仕方ありません。鑑定をよろしくお願いします。
ということで、こちらの写真です」
七五三の写真らしく、神社の境内でニコニコ笑った青い袴姿の五歳くらいの男の子を黒い背広の父親が脇を持って大きく掲げ上げ、となりで桃色の着物の母親が嬉しそうに微笑んでいるという、目に棒線さえ入っていなければなんとも微笑ましい写真だが……
横長の写真、親子は腿から上が写っていて、背後には何組かのやはり七五三の親子連れが写っている。
「さあ、皆さん、分かりますか?」
天衣に問われ、ゲストのタレントたちは手前の、客席の観客たちはセットの背景の大きなモニターに映し出された写真に見入った。
なかなか気付く者が現れない。
「現物を引き伸ばした写真があります。先生、わたしこれ持つのも嫌なんですけど……」
アシスタントの女の子が持ってきた大判プリントのパネルを天衣が受け取ろうとすると客席から「ヒッ」という悲鳴が上がった。
「ね? やですよねえ〜」
天衣が身もだえするように言ってパネルを「どうですかあ?」と胸の前に構えて、横からゲストたちが身を乗り出して覗き込んだ。
「後ろの人たちの間ですよ」
しばらく見入って
「わあっ」
と男性タレントが声を上げた。
「うわっ、これ気持ち悪いわあ〜」
露骨に顔をしかめる。タレントの女の子が「えー?ヤダヤダ」とかわいこぶる。
「この部分です。拡大した写真を見てもらいましょう」
再びアシスタントに運ばれてきた写真を見てスタジオから「キャアッ」という悲鳴が上がり、不安などよめきが長く尾を引いた。
「いやあ〜ん、なにこれえ〜っ!?」
タレントの女の子も不細工に顔を歪めた。
黒くどろどろした固まりの中に、目が、こちらを見ていた。
桃色の着物の母親の肩越し、社殿に向かう二組の親子の後ろ姿が少しずれて重なっているが、その間に、黒い長い髪の白い服の女が立っている。全体の姿勢は向こうを向いているのに、後ろ頭に髪の毛をかき分けるように目玉が覗いていた。丸く白目を剥きだした目は、はっきりと、カメラを凝視していた。
何とはなしにまた客席の悲鳴が高くなる。
「先生、これはかなり強烈ですね。えー……、なんなんでしょう?」
「うむ」
畔田も渋面を作ってパネルの写真を凝視した。
「これは典型的な悪霊の姿です」
その言葉だけでまた悲鳴が上がった。
「これ、目玉ですね。こちらを見ています。強烈に、強い悪意を発しています。非常に危険な霊です」
温厚な畔田がここまで言い切るのは珍しい。ブースでモニターを見ていた三津木はしくじったかなと思った。後半への興味をつなぐため強烈な奴を選んだが、畔田先生がここまで言う写真をここで終わらせてしまうのはもったいない。よし、こいつも次回に引っ張ろうと計算した。
天衣が訊く。
「じゃあこの親子が危険ということですか?」
「うん……、それなんだけれどね……」
畔田は渋面で考え込み、言った。
「見ているのはね、この親子じゃないんだ。カメラを覗いているんだね。つまり、この目が見ているのは、」
一拍置いて、
「今この写真を見ている我々なんだよ」
ギャーーーッと悲鳴が上がり、客席で二人、同時にバタバタ倒れた。スタッフが慌てて駆け寄る。スタジオは騒然となり、気絶した二人が担ぎ出され、泣きながらいっしょに歩いていく子もいた。三津木は本当にもったいないことをしたなと思ったが、いやいや、これは使えるぞ、とこのハプニングを喜ぶことにした。
ふと、三津木はモニターの目玉と目が合ってしまった。さすがに嫌あな気がした。見られているのは自分のような………
スタジオが落ち着いて畔田が解説を続ける。
「この目が怖いんだけどね、典型的な悪霊と言ったのは、そもそもこの女性がね、この世の人じゃないんだ」
「この後ろ姿の女性がですか?」
「はい」
観客はもう悲鳴を上げる元気もなく、ただただ青ざめた顔で写真に見入った。
「紅倉さんがよく言いますね、悪霊というのは単体では大きな力は持たない、集団になって強力な霊力を持つのだ、と。それがこの写真の姿です。一人の女性の幽霊に、別の女性の幽霊が取り憑いているんです」
客席からすすり泣きに似たため息が漏れた。ゲストたちは真剣な面持ちで先生の話を聞いている。
「この、向こう側、拝殿を向いている白い服の女性の霊ですね、これは……、特に悪意は感じないんですね。とても悲しい、おそらく子どもを亡くした母親の霊でしょう、七五三の楽しい雰囲気にね、我が子との思い出を懐かしんで、ふらふらっとさまよい出てきてしまったんでしょう。
ところがね。
そこに網を張っていた悪い奴がいたんだね。同じく子どもを亡くした母親の霊だと思うんだけど、これは非常に強い憎しみを抱いている。何かに復讐しようと狙っていて、自分のパワーを強めるために同じような思いを持った霊を取り込もうとしているんだね。強い思いを持った、特に悪いことを考えている霊はね、強烈なんだ。この女性は、ただ悲しいだけなんだけど、こういう強烈な奴に取り憑かれたら、悲しい思いが、強い憎しみに変質してしまって、こいつの言いなりに仲間になってしまうんだね。
この目玉、
こいつは本当に恐ろしい、邪悪な悪霊だよ」
畔田はびっしょり汗をかきながら、顔面を蒼白にしていた。こんな畔田を見るのは三津木は初めてだった。
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