第6話 解題「つらら女」

 番組は再現ドラマから始まる。

『三十年前』

 中学生が屋根の雪下ろしをしていて、思いつきで屋根から庭に積もった雪のマットに背中からダイブして、

 グサッ。

「うっ」

 とうめく横顔。

 大きく見開かれた両目が信じられないといった表情で空を見つめている。カメラがズームアウトしていくと、少年の全身が映り、その胸には下から木の枝の切り口が突き抜けている。

 周囲の雪に広がっていく真っ赤な血………

『三十年前の悲惨な事故である』



「悪霊よ!」

 その声にブースの三津木は手で額を覆いゴシゴシとこすった。さっそく始めやがった………

「これは単なる事故じゃないわ! 悪霊の仕業よ!!」

 岳戸がモニターに指を突きつけ勝ち誇ったように言い放った。

「屋根の上に女の姿が見えるわ! その女が、少年の心を操り、突き落としたのよ! 鋭く尖った、杭の上に!」

 えー……、あのー……、と天衣喜久子は困っている。そこへ

「そうです! その通りなんです!」

 と後ろから声が飛んできた。セットの左奥に一段高く、専用の席に座る紅倉美姫である。斜め後ろに守るように芙蓉が立っている。紅倉が岳戸に負けない高い声で言う。

「さすが岳戸先生ですわ! この事故は恐ろしい女の悪霊の仕業なのですわ! ね?岳戸先生?」

「そ、そうよ……」

 岳戸は調子を狂わされて席に落ち着いた。紅倉はニコッと天衣に笑いかけた。

「はい。皆さんこんばんは。『本当にあった恐怖心霊事件ファイル』、今夜は前回の放送でたいへんな反響を巻き起こしました雪山の最凶最悪の女の怨霊、その解決編をお送りします。

 紅倉美姫先生です。

 先生、今夜、あの雪山の事件が、解決する……んですよね?」

「はい。解決します。心強い助っ人も来てくださっていますのでね」

「はい、そうなんです。今夜は、いつも心霊事件の鑑定をしてくださっている美人霊能師の岳戸由宇先生がこちらのゲスト席に来てくださっています。岳戸由宇先生。よろしくお願いします」

「はい。よろしく」

 霊能師と紹介されてころっと機嫌がよくなった。

 メインのテーブルには左から、司会の天衣喜久子、レギュラーのベテラン男性タレント、中堅男性タレント、前回から引き続きの早くも青い顔で固まっているタレントの女の子、そして岳戸由宇がついている。岳戸は相変わらず露出の多い黒のドレスに、さすがに肩にショールを巻いている。メイクも相変わらず濃い。

 客席も異様だ。いつもは若い女性ばかりで華やぐひな壇が、今日はむさ苦しい若い男ばかりで占められている。みんなどこかある種の似通った雰囲気を持っている。

「それではさっそく……」

 天衣は紅倉にニコッとされて岳戸に話を振った。

「岳戸先生。今のVTRで何か気付いたことはありますか?」

「ええ。これは事故じゃないわ。悪霊による、殺人よ。しかもただの怨霊じゃないわ。人の心を惑わし、雪という自然を操る、恐ろしい力を持った悪霊よ」

「そうなんです」

 横から口を挟まれて岳戸はムッとした。紅倉が平気で続ける。

「今回わたしたちが相手にするのはただの幽霊じゃありません。雪女。つまり、自然を操る力を持った妖怪です」

「妖怪!ですか?」

「はい。たしかに霊も空気の温度を変えたり水の流れを変えたりというように自然を操りますが、風を起こし、雲を呼び、雪を降らせ、吹雪を起こすような、そんな強い力はありません。これは、自然の霊力と結びついた、妖怪にしかできないことです」

「……なるほどー。じゃあ本当に本物の雪女なんですね?」

「はい。恐ろしい敵です。岳戸先生、よろしくお願いしますね。頼りにしてますよ?」

「え、ええ……」

 紅倉に微笑みかけられて岳戸はゾッとしながらうなずいた。

「はい。それでは次のVTR行きましょう。

 皆さん、雪女の昔話はご存じですよね? しかし、事件の起こった秋田県には、こんな変わった雪女の伝説が残っているんです」



 VTR。

『むかしむかし』

 時代劇のセットで俳優たちによって秋田県版雪女「つらら女」の伝説が演じられる。

『冬の吹雪の夜』

「ごめんください、ごめんください」

 息も絶え絶えといった感じで粗末な家の戸が叩かれる。土間でわら仕事をしていた若者が戸を開ける。すると雪をかぶった若い(?)女が見るからに寒そうに立っている。やり過ぎなくらい目の下に青いファンデーションを塗った顔に溢れる情感をたたえ男と見つめ合う女。

 演じるは毎度お馴染み、等々力組御用達ごようたしの幽霊女優、綿引響子(わたびききょうこ)である。

「旅の途中で吹雪に遭い難渋なんじゅうしております。どうか、一夜の宿をお願いいたします」

「おお、そりゃあたいへんだ。ささ、入りなせえ」

 吹雪から守るように肩を抱いて女を招き入れる男。ささ、とそのまま囲炉裏いろりの火に当たらせる。女は寒そうに手をかざし、人心地ひとごこちつくと気付いたように男と顔を見合わせる。男の手は女の白い着物の肩を抱いたまま。二人の見つめ合う瞳にチラチラ囲炉裏の炎が燃える。

『吹雪は何日も止まず、女は若者の家に泊まり続け、いつしか二人は愛し合うようになり、結婚の約束を交わすのだった』

「オレといっしょになってくれ」

「ああ、嬉しい……」

 抱き合う二人。笑み崩れる綿引響子。囲炉裏の火にパン、二人のもつれ合う足、ピントがぼやけていく……

『幸せな結婚を誓い合った二人。しかし、雪が溶ける春になると』

「おい、ゆき。ゆきー。おーい、どこだー?」

 表を女を捜して回る男。

「おーい、ゆきー。おーい! ゆきー! どこ行っちまったあー? ゆきい〜〜っ!!」

『女は、突然、いずこともなく消えてしまった。傷心の男はそれからその年の内に別の女と結婚し夫婦となった。そして、また年も押し迫った冬の夜』


 土間で仲良くわら仕事をしている夫婦。そこへ、トントン、トントン、と戸が叩かれる。

「おまえ様、開けてくださいませ。わたくしでございます、あなたの妻でございます」

 驚き、妻と顔を見合わせながらも立ち上がり戸を開ける夫。

 戸が開くと、雪をかぶりながらも笑顔の女が立っている。

「ああ、おまえさま。ゆきでございます。あなたの妻でございます」

 呆気にとられ、やがて顔を怒らせる男。

「ゆき! おまえ今までどこに行ってたんだ!? ええーい、おまえなどオレの女房なものか! オレはもうこの女と夫婦になったのだ! おまえのような不義な女、どこへでも行きやがれ!」

 土間で不安そうにことの成り行きを見守る新妻を見てショックによろめき、戸の外へよろめき出る綿引響子。ゴオオオー……と吹雪き、その姿が暗く影になる。雪が吹き込んできて手で顔をかばう男。

「よくも……、よくも……、裏切ったなああああ」

 ギラリと鬼女の目が光り、スーッとその姿が(CGで)巨大な一本のつららに変身する。驚く男。ゴオッと雪が吹き込んできて、

 グサッ。

 つららが飛んできて男の胸に突き刺さる。勢いのまま土間に倒れる男。口からブクブク濃い赤い液体を溢れさせる。

「キャー、キャー」

 悲鳴を上げる新妻。吹き込んでくる雪が男の体を覆っていき、男の体から流れ出した血が赤く染め、更にその上から雪が降り積もっていく。新妻の悲鳴が響く。

「キャー、キャー、キャー」



 スタジオ。見入っていたタレントたちのアップ。天衣喜久子。

「ということなんです。秋田県に伝わる雪女の伝説、その名も『つらら女』。

 本当につらら女っていたんですねえー」

「つらら女。あのつららすごかったねえ。へん〜しん!みたいな」

 中堅タレントが一生懸命笑いを取ろうとするが、今日の客は乗りが悪い。天衣も無視して岳戸に訊く。

「岳戸先生、今の伝説は?」

 つまらなそうにしていた岳戸は不意打ちにうろたえた。

「なに? 何を答えればいいわけ?」

 その時、突然スタジオの照明がブルーに変わり、白いスポットライトがセットの向かって右を照らし出すと、ドライアイスのスモークをまとって白い着物の雪女が現れた。

 「うわっ」「きゃー」とタレントたちが騒ぐ。いつものお客さんならいいリアクションをしてくれるところなのだが………

 盛り上がらないまま照明が元に戻る。

「はい、つらら女さんです。えー……、すみません、ちょっとそこに立っててください」

 天衣喜久子が言うとようやく客席から野太い笑い声が漏れた。せっかく気合いの入ったメイクをしてきたつらら女の綿引響子は美人タレントのお愛想に笑われただけで舞台を横切るとセットの左の隅、紅倉の特別席の斜め前にただ立った。紅倉はVTRで顔馴染みの彼女にニコニコしてちょこんと首を傾けた。

「だから、わたしに何期待してんのよ?」

 まだブーたれている岳戸に、天衣は救いを求めるように紅倉を見た。

 紅倉はニコニコして話しだした。



「ほんと、つらら女って本当にいるんですねー。びっくりしました。

 でも全国的にはやっぱり雪女がポピュラーですよね。この番組でも以前お送りしましたよね? その時に調べてもらったら雪女も若い美人と怖い鬼婆あとに大別されるようです。つらら女は若い美人タイプですね。

 ところでこれも前に紹介しました夏の風物詩のあの稲◯淳二さんのお説によると雪女は昔の雪国の厳しい生活環境から生まれた、女性たちの悲しい物語がルーツにあるそうなんですね。はい、ご本人様の了承はいただいておりませんが、一つの学説として取り上げさせていただきます。


 今回は『つらら女』です。

 実はこれは『雪女』に比べると分かり易いストレートなお話です。


 まず冬の夜に若い女が現れます。

 女は若い独身男の家にずうっと住み着きます。

 二人は夫婦の生活を送ります。

 しかし春が来た途端、女はいずこともなく姿を消してしまいます。

 女がいなくなって男は別の女と結婚してしまいます。

 ところが次の冬になるとまた前の女が舞い戻ってきて、自分が勝手に出ていったくせに男が別の女と暮らしているのを見ると嫉妬に狂って男を刺し殺してしまいます。


 女の行動が不可解で矛盾があるようですが、女の立場を考えれば実にスッキリと分かります。

 女は冬の農閑期で仕事がなく、よその町かそれこそ酒造りなんかをやっている裕福な村に働きに来ていた娘なのでしょうね。

 女はそこで若い男と懇意になり、同棲し、きっと結婚の約束をしたのでしょうね。

 しかし春になり農家の仕事が忙しくなると娘は村に呼び戻されてしまう。

 娘は泣く泣くまた冬の再会の約束をして村に帰っていく。

 しかし。

 現実的によその村から通ってきたどこの誰とも知れない、いえ、知っていても敢えて知らないふりをする、そんな娘に対する世間の風当たりは強かったでしょう。

 男は娘と約束をしたものの、けっきょく周りのそんな冷たい圧力に屈し、自分でも心変わりがあったのか、他の娘と結婚してしまう。

 冬になり、恋しい男との再会を心待ちに帰ってきた娘は、男の心変わりを知り、恨み、嫉妬し、絶望し、男を冷たいやいばで刺し殺してしまう。

 いえ、もしかして本当につららを男の胸に突き立てたのかもしれませんね。それで人が死ぬとは思えませんが。きっとその娘は泣きながら男の家を走り去ったのでしょうね、吹雪の中へ……


 以上、わたしの作り話ですよ? でも、実際に似たような話はあったのかもしれませんね。ああ、かわいそうに。


 『雪女』の話もしたんですけれど、これは放送ではカットされちゃったのかしら? あら残念。


 さて、っと。では本題、現代の雪女の話をしましょうか。

 今も昔も人の心は変わらない、特に、

 男女の恋情れんじょうのもつれは、

 というお話です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る