第7話 解決「つらら殺人事件」
紅倉の話が続く。
「『つらら女』の話が他のポピュラーな雪女の話と違うのは、二人の女が登場する点が大きいです。
前妻と後妻ですね。
一人の男を巡る二人の女の三角関係の物語でもあります。
今回の事件は基本的にその二人の女の争いが原因になっているのです。
ところが複雑なのは、ここにもう一つの要素が加わってくるのです。
『つらら女』には子どもは登場しませんが、ここには登場します。
三十年前に亡くなった中学生の男の子です。
この事故、岳戸先生がおっしゃいましたね?これはただの事故ではない、女の悪霊の仕業だ、と。
それもただの怨霊ではありません、自然を操る強力な霊力を持った妖怪です。
この妖怪が、『つらら女』に登場する女の一方です。
しかし、前妻と後妻、どちらなのでしょうね?
三十年以上前の出来事です、すでに時効ですし、亡者の魂を救うためにもここで事実を明らかにしましょう。
亡くなった中学生の母親は彼が小学三年生の時に失踪しています。以後いまだに行方は知れません。噂では不倫をして男の下へ走ったのだそうです。
そうです、少年の母親は不倫をした相手の男の下へ走り、そこで、その男に、殺されたのです。
まるで『つらら女』の物語のように、何もかも捨てて走った男の家で、彼女は、男と仲良く暮らす奥さんと、子どもを見たのです」
紅倉の瞳が赤く光る。妖気が立ちのぼる。瞳は過去を視ている。
「その子どもはまだ生まれたばかりです。奥さんが出産のために入院してる間に夫は人妻と浮気していたのです。
夫にしてみれば奥さんが入院中の羽伸ばしにたまたま出張先で知り合った後腐れのない人妻とちょっと遊んだだけだったのですが、相手の人妻は本気になってしまった。
何もかも捨ててきたという女に男は困惑した。産後まだ不安定な状態の妻は夫の裏切りにショックを受け、しかし女に身を引くように頼んだ。自分たちの幸せを壊さないでくれ、あなたにだって自分の家庭があるんでしょう?、と。しかし女はそれを捨てて来たのです。
後に引けない女。懇願する妻。夫はウンザリして言い放った、いい加減にしろよ、あんたとはちょっと遊んだだけだろう? 大人なんだからそれくらい分かれよ、と。
女は、
『コロシテヤル!』
と、思った。
女は台所に駆け込むと包丁を取りだし、男に斬りかかった。
もみ合いになり、はずみで、逆に男の方が女を刺し殺してしまった。
まあ正当防衛といえるでしょう。
しかし妻の入院中に浮気した相手を殺してしまったのです、法的に無罪でも世間体はとんでもなく悪いです。一〇〇パーセント無罪を勝ち取れる保証もないですしね。
男は迷った。妻も生まれたばかりの我が子を抱えて保身に回った。「あなた、その死体、どうにかしてよ!」と。
妻にそう言われた男は決心し、人妻の死体を森の中に埋めた。取宇美山のふもとに広がる森です。
女の死体を片付けた夫婦は平穏無事な生活を送る……はずでした。
しかし、考えてみれば何と馬鹿な恐ろしいことをしてしまったのだろう?、と妻が悩むようになった。ただでさえ生まれたばかりの赤ん坊の世話でたいへんなのです、妻は目に見えておかしくなっていった。夫婦の間に喧嘩が絶えないようになり、妻は自首を口にするようになった。夫にしてみれば冗談じゃない、事件後すぐなら正当防衛で片づいたものを、今さら実はと名乗り出たって、今度は殺人罪はともかく、確実に死体を隠した罪を問われる。
夫は、妻への殺意を募らせていった。
そしてとうとうある冬の夜、夫は寝ている妻の首にロープの輪をかけ、吊り上げ、自殺に見える形で殺しました。今度は明確な計画殺人です。
しかし夫はそのまま妻の自殺を警察に通報することは出来なかった。絶えることのない夫婦喧嘩の間に妻の体には夫の振るった暴力の痕が印されていたからです。
結局男はまた妻の死体を捨てることに決めました。
夫は家を出た妻を捜すふりをして県内、山形県に住む妻の実家を訪れ、赤ん坊を預けました。そしてそのまま妻の死体を載せた車でまた取宇美山を目指しました。しかしこちらのふもとの森には浮気相手の女の死体が埋めてある。さすがにそこには隠しづらい。そこでわざわざ向こうの、秋田県側の斜面に向かいました。夫婦で登ったことのある比較的楽な登山道の先に、岩肌の露出した高い崖があったのを思い出したのです。
夫は山を車で登れるだけ登ると、妻を背負い夜の登山を必死の思いでしました。初冬のことで雪は申し訳程度に積もっているだけでした。その場所にさえたどり着けば全て上手くいく、そう思えたのです。
崖の上に到着すると男はきわに生えている木の根元にロープを結び、崖の向こうへ妻の体をぶら下げました。ギシギシと、あらかじめ濡らしてもろくしておいたロープを、ぶら下がる妻を揺すって尖った岩にこすりつけました。男がその作業にいそしんでいると、カッと稲光がし、突然の風雪が吹き荒れました。男が慌てて崖っぷちから避難すると、妻の死体は吹きすさぶ風に激しく揉まれ、大きく行ったり来たりを繰り返し、ロープはブチッと千切れると、妻は踊りながら谷底に落下していきました。これでもし妻の死体が見つかっても、死体は激しく損傷し、発見まで時間がかかればかかるほど、自分の暴力の痕跡は消えていくだろう。自分がまったく疑われないということはないだろう、しかし、妻の様子がおかしかったのは多くの者が知っている、疑われても、自分が殺したという決定的な証拠はないはずだ、と男は思いながら吹雪の中遭難しそうになりながら下山しました。
しかし、男が危惧したように妻の死体が見つかることはなく、妻は失踪者扱いで、結局今日まで死体は発見されていません。よほど上手い具合に岩の隙間にはまり込んだのでしょうねえ。
ほっと一安心つけるはずだった夫ですが……
そこまでの度胸はありませんでした。女はもうこりごりと、酒に溺れるようになり、けっきょく頭をやられてわずか数年で若死にしました。苦悩の晩年でしたが、全て自業自得です。
さて、これで事件が終わったかというと、わたしの領分の事件はここから始まるのです。
最初の心霊事件は三十年前の中学生の事故です。
犯人は自然を操る力を持った妖怪、雪女です。地元に
その正体は、山の霊力と一体となった女の怨霊です。
さてどっちの女かというと、崖から谷底に捨てられた妻の怨霊です。
山の神は時として生け贄を求めます。元々は純粋な自然の霊力ですが、人間や頭脳の発達した猿と同じで、強い霊力を持った、高い知能に似た働きを持ってしまった自然霊は、時として生き物の死を楽しむという悪い性質を持ってしまうようです。
山の神の求める生け贄を、夫は、たまたま妻の死で捧げてしまったのです。
生け贄とされた妻は、山の霊力と一体となり、山の神の化身である妖怪、つらら女へと生まれ変わったのです。
その六年後、つらら女は自分をこのような化け物に変身させたにっくき女の息子を見つけます。
あれにどうにかして復讐してやろうと、残忍な計画を立てました。
ふもとに雪を降らせ、つもらせ、父親と息子の心を惑わし、操り、息子を木の杭の潜む死のダイブへと導いたのです。
あの山小屋のVTRに映った女、あれが、凶悪なつらら女の姿です。
さて、では今度はもう一人不幸な女のその後を視てみましょう。
不倫の果てに愛人に殺され、森に埋められた女のその後です。
女の霊は成仏などできようはずもなく、この世をさまよい続けました。
行く当てといえば、我が家しかありません。
しかし、一度捨てた我が家に、家族に、入り込むことはできません。
遠巻きに、悲しく、孤独に、見ているしかありません。
そして、事故が起こった。
捨てたとはいえ自分の一人息子が事故で死んだ、いや、殺された!
あの憎い女によって!
彼女は怒りを燃え上がらせ、女に襲いかかった。しかし、相手は山の霊力を取り込んだ強力な妖怪です、ただの怨霊である彼女に勝ち目はありません。逆にさんざん叩きのめされ、結界の外へ放り出された。山の強力な霊力はそのまま外部の霊への結界となるのです。
彼女の悔しさ、怒り、憎しみは、想像を絶するものがありました。何故なら、つらら女は彼女の息子の霊を自分の結界の内部に囲ってしまったのです。つらら女の復讐もまた終わっていなかったのです。
敗北した愛人は正妻への復讐を誓いました。自分も力を付けなければならない、妖怪に立ち向かえる強力な悪霊に成長しなければならない。だから彼女は周囲に網を張り、自分に同調する霊に取り憑き、取り込んでいったのです。あの神社の写真の目玉。あれがその悪霊の姿です。
彼女の目的は二つ、正妻に捕らわれた息子の霊魂を取り戻すこと、そして、自分もまたこの世に残された正妻の娘を取り殺し、母親に復讐すること」
バン! と、出演者たちの背後の大型モニターにあの髪の毛から覗く目玉が度アップで映し出された。客席がどよめき、背後に気付いたタレントの女の子が「ヒッ」と引きつけを起こしてとうとうスタッフに運び出された。
岳戸由宇も振り返ったまま脂汗を垂らして見入った。
目玉が、グルリ、と動いた。
岳戸もヒイと息をのんだ。
グリッ、グリッ、グリッ、
岳戸は思わず周りを見た。客やゲストたちは重苦しく緊張した面持ちではあるが自分ほどの「驚愕」は見せていない。
紅倉を見た。得意そうに薄笑いを浮かべている。本当に腹の立つ女だ。
おまえも、
見ているのか、
これを?!
「待て!」
紅倉が鋭く言った。
「すぐに呼んであげる。でももう少しわたしにしゃべらせなさい。
あなたの息子のことよ。
昨年起こった遭難事故。
吹雪を起こして四人を遭難させたのはもちろんつらら女よ。
でも山崎さんを殺したのは彼女じゃない。
あなたの息子よ!
あなたの息子はにっくきつらら女の囚われの身となり、飼い慣らされ、彼女の慰み者になっていたのよ。
でも、そんな化け物のオバさんより若い綺麗な温かい女の子の方がいいでしょ? だからあなたの息子は恋人と仲良くする山崎さんに嫉妬して殺したのよ!
あなたの息子ももう完全な雪の化け物よ! 雪に殺されたのだもの、雪の妖怪になる資格は十分あるわ。
さ、いいわ、出てらっしゃい!
憎いあの女の娘に復讐してやるがいいわ!」
わあっとスタジオ全体がどよめいた。
モニターの巨大な目玉が、紅倉の前に立つつらら女の扮装をした幽霊女優
彼女が!?
ガ、ガ、ガ、ガ、とセットが揺れた。
騒然とする中、紅倉が真っ赤な瞳で魔女の笑みを浮かべて、指さし、言い放った。
「出てこい、悪霊! あなたの欲しい最高の霊力が、ほら、そこに居るわ!」
紅倉の指さす先、岳戸由宇が、ギョッとして、叫んだ。
「紅倉あっ! この死体女があっ!!!」
モニターの目玉が、ギョロリと、岳戸を見た。
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