第3話

 アタルが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。


「ん?ああ、そっか昨日はここに泊めてもらったんだ」


 アタルが起き上がってソファをみると、そこにはまだシルヴィアが寝息を立てて横になっていた。

 アタルはそっと、シルヴィアを起こさないように小屋から出る。


「うーん。やっぱり外は気持ちがいいな」


 アタルは背伸びをしながらひとりごちた。

 辺りはまだ薄暗い。ちょうど日が昇り始めたくらいの時刻。冷たい空気がのどを通り肺に刺さる。

 アタルが深呼吸や、軽く体操をしていると、小屋の扉が開き、中からシルヴィアが出てきた。


「ああ、こんなところにいたんだね」

「おはようございます!シルヴィアさん」

「うん、おはよう」


 シルヴィアがアタルの隣に立つ。

 シルヴィアもアタルにならい背伸びや深呼吸をする。

 しばらく体を伸ばしていると、アタルが口を開いた。


「ここは空気がおいしいですね」


 アタルがそう言うと、シルヴィアが不思議そうに首を傾げる。


「おかしなことを言うね、君は。空気に味なんてないだろうに」

「……まあ、そうですけど」


 アタルの住んでいた世界と違い、この世界には自動車や工場などの空気を汚すものがないため、空気がおいしいという概念がなかった。

 それ故に、シルヴィアは首を傾げた。


「そんなことよりも、朝ごはん食べようよ。もう目もしっかり覚めただろ?」

「そうですね」


 そうして、アタルたちは小屋に戻った。


「朝食はできてるから席に着いてて」

「はい。何から何まですみません。ほんとに」

「気にしなくていいよ。私が勝手にしてる事だから」


 アタルは感謝の気持ちを込めてぺこりと頭を下げる。

 シルヴィアはそれにどこか嬉しそうに「大丈夫、大丈夫」と言った。

 シルヴィアがテキパキと料理の皿を持ってきて、アタルとシルヴィアは互いに席に着いた。


「「いただきます!」」


 2人とも手を合わせて、食事を始めた。


「そういえば、シルヴィアさん。この世界に魔法ってあるんですか?」


 朝食中、アタルがふとシルヴィアに尋ねる。


「あるよ」

「そうねんですね!!」


 シルヴィアがそっけなく答えると、アタルはテンションのあがった声で喜んだ。


「ふふ、まるで子供が新しいおもちゃを見つけた時のような喜び方をするんだね」


 シルヴィアが笑いながら言うと、アタルは「す、すいません」と恥ずかしそうに顔を赤くして言った。


「いやいや、謝ることは無いさ。君はほんとに不思議だね。魔法の存在も知らないなんて……」

「はは、相当な田舎から来たもんで」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 シルヴィアは半ば呆れながら言う。


「まあ、君が常識が通じないことは分かったよ」

「常識が通じないって」

「違うのかい?」

「……否定はしません」


 シルヴィアは「そうだろう」と笑いながら言った。

 シルヴィアの言う通りにアタルにはこの世界の常識が分からない。

 まあ、違う世界から来たので当たり前と言えば当たり前なのだが、それは、この世界で生きる上で大きなハンデになる。


「アタルくん。君に話しておきたいことがある」


 アタルもシルヴィアも食事を終えた頃、真剣な面持ちでシルヴィアが言った。


「なんですか?」


 それに何かを感じたアタルも真剣な声色で返す。


「私が君をここに置ける期間はせいぜい持って1ヶ月くらいだ」

「それってどういう意味ですか?いや、1ヶ月も置いていただけるのは有難いんですが、『せいぜい持って』って……」

「それはこちらの諸事情でね」

「分かりました」


 シルヴィアの言葉にただならぬ何かを感じだアタルはそれ以上シルヴィアに言及する事はなかった。


「話を戻そう。それで、その期間で私は君にこの世界の常識と魔法について叩き込みたいと思っているんだ」

「ありがとうございます。でも、どうしてそこまで俺に……」

「それは……君が私を受け入れてくれたからかな?」


 シルヴィアが笑顔で言った。

 それにアタルがはっと息を飲む。

 そして、何故かアタルが赤面した。


「はは、なんで顔を赤くしてるのさ」

「そ、それは……」


 シルヴィアの笑顔が綺麗だったから、とは言えない。

 アタルはそんなことを言えるほどの男ではなかった。

 だから、顔を赤くして口ごもった。


「まあ、それは置いといて。私が勝手にこんなこと言ってるんだけど、大丈夫かな?」

「もちろんです!よろしくお願いします!!」


 そうして、アタルはシルヴィアに1ヶ月間教えを乞うことになった。


「じゃあ、さっそく。この後食器を片付けたら始めようか!!」

「はい!」



 ***


 夜。

 魔法と勉強。そして、少しの戦闘訓練に疲れてアタルが寝てしまった頃、シルヴィアはまた、1人書類のようなものに向かっていた。

 それは昨日の書類と同じものだ。


「これが届くまでには2週間ほどかかる、異変に気づくのがそれから1週間以内だから……1ヶ月持つといいなぁ」


 シルヴィアは少し、寂しそうに呟いた。


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異世界と冷たい麦茶 レオン・エネロ @shirogane2134

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