”僕”

検査結果が出たので診察室まで来てほしいと伝えられ俺は診察室へと向かう。検査結果よりも頭にあるのは、小室さんと話さなくてはならないことのほうだ。いまだに自分があのような歯の浮くようなセリフを言ったことにもはや恐怖すら覚えるレベル。そんなセリフも彼女の恥ずかしがる様子はなかなかに眼福ものだったのでそれだけの価値はあったな。あの白衣の内に存在する情熱さを顧みるに、表面のみでは測れない感情の豊かな女性なのかもしれない。

彼女に対して愛らしさを感じ、彼女の鉄仮面をはがしたくなる衝動に駆られて自然と足が速くなっていった。



そんな邪な考え抱いたのが間違いだったと突きつけるように、診察室で待っていたのは小室さん、ではなく見覚えのある眼鏡をかけた女性だった。たしか検視室で小室さんの後に続いて入ってきて女性だ。少しくせ毛でけだるげな容貌は友人が飼っていた猫を彷彿とさせる。いかにも天才肌って雰囲気を醸し出している。あくまで雰囲気はそんな感じだが。俺が息を吹き返した時のことを思い出すに案外普通の女性なのかもしれないな。


「あの、今日は小室さんじゃないんですか?」

「小室せ・・・小室は今日は体調不良とのことです。申し訳ございません。ですが今回は検査結果の報告だけですので私から代わりに報告させていただきます」


さすがに小室さんのことからかいすぎたか。彼女は仮病使うこともなさそうだし、あの様子だとほんとに体調不良の可能性もありそうだ。あまりからかうのも悪いし少しは控えることも考えよう。


検査結果は特に問題ないようだった。まあよく考えれば一度死んでいるのに問題ないほうが問題な気もする。数分程で終わってよかった。これ以上聞いていたら寝てしまいそうだ。


「以上です。結果に問題はないので安心してください」

「それならもう退院しても問題ないんですよね?」

「はい。今回の検査結果は問題ありませんでしたが、今後体に影響がでてくる可能性もありますのでしばらくは定期的に検査を受けるほうが万全だと思います」

「そうですか」


あからさまにめんどくさそうな声が出てしまった。検査が好きな人間などいないに決まってる。



検査結果も聞いたし、この病院ともおさらばする準備をするのが今日の予定となった。そのためまずは他にも変わってしまったことについて知っておく必要はある。


自殺したことについて調べたとき、俺が発見された自宅にとして言及されていた場所は、大学に通うために一人暮らししていたそこそこボロイアパートのある区域ではなく高所得者も住んでいるような区域のマンションの一室と報道されていた。男性が若くして自殺というのもセンセーショナルな出来事のようで病室でテレビを見ていた時もワイドショーや夕方のニュースで取り上げられていた。名前は伏せらていたが年齢と自殺した日付からして俺なのは間違いない。


それだけ大々的に報道されたのはもう一つ要因があった。というのもこれは自殺ではなく殺人の可能性があるのではないかということで騒がれているようだった。なんでも、通報した者が警官が現場に駆け付けた時にはおらず、第一発見者が不明らしい。遺書が見つかっているたことや、争った形跡がなかったため暫定的に自殺となっているようだ。とはいえ、現状殺害や自殺教唆のような事件の可能性も完全にぬぐいきれないため第一発見者を捜索中とのことらしい。俺としては知らないマンションで人知れず目が覚めるよりは楽しい目覚め方ができたので発見されたことにお礼の一言でも言っておこうと思ったが残念だな。ともかく身に覚えのない自殺についてもう少し詳しく知っておく必要があるだろう。


問題はどうやって調べるか。そんな考えを知ってか知らずか、検査結果の報告後すぐに刑事が病室にやってきた。刑事といったら渋いおっさん刑事とちょっと威勢のいい青さを感じさせる刑事の組み合わせのイメージしかない。まあ男性が少ないのでやってきた刑事も当然女性だったがが。


「捜査を担当しています、神田です。体調に問題ないようでしたら、いくつかご質問よろしいでしょうか?」

「大丈夫です。今はこの通りピンピンしてますからね」

「では最初に確認したいのですが、自殺に関しての記憶がないというの本当なのですか?」

「ええ、自殺のことは全く覚えてないですね。それ以前のことについても覚えてないことがあるかもしれません」

「なにか少しでも覚えていることはありませんか?」

「そうですね・・・・・そういえば遺書があったて聞いたんですけど、それを見たら何か思い出せるかもしれません」

「わかりました。遺書の文面の写真を部下に送ってもらうので今確認してもらえますか?」

「そうしましょう」


俺としては自殺した詳細を知りたかったので、これをうまく利用することにして調べることにしよう。


「どうぞ」


少し待つとスマホを手渡され、そこには遺書の写真が画面に表示されている。


『僕の人生はあまりに空虚だった。男として生まれたことは生活に不自由を感じさせたことがなかったが、僕が欲しかったのは人生の自由だった。日常のなかでひしひしと感じる汚らわしく生々しい視線も、声を抑えることもない彼女らの低俗な話が耳に入ってくることも、ただひたすらに耐えがたい。この世の中で男の努めであることを果たせない僕には居場所などなく生きることに意味などなかったが定期健診がきて踏ん切りがついた。願わくば来世は、僕に自由を与えてくれる世界を望んで』

最後に部屋に飾ってあるサボテンをある住所へと送ってほしいというお願いと、俺の名前が署名され締めくくられていた。


「サボテン送られた場所はどういった場所なんです?」

「あなたとは日常的に交流のある男性の住所でした。このことも記憶にはないですか?」

「ええ、覚えていません」


手にしていたスマホですぐにサボテンの花言葉を調べる。表す花言葉は『燃える心』『偉大』『温かい心』そして『枯れない愛』手紙の内容とこの事実から察するに”僕”は同性愛者だったのだろう。男性の少ないというから生じるタブーに”僕”は殺されてしまったようだ。そんな彼ともし入れ替わったのならおかしくなる前の”俺”の世界で楽しんでいることを祈るばかりだ。そうであれば俺も心置きなくたのしめる。


「最初に発見してくれた方はまだ見つかっていないんですよね?」

「現在捜索中です」

「そうですか。俺としてはお礼の一つでも言いたいなとおもいまして」

「・・・・・・・」


刑事にいぶかしげな目で見られた。記憶喪失かつ、こんなこと言ってる時点でかなり不自然に思われているのは間違いない。狂言自殺かなにかだと俺だったら考えるが、あっちはどういう風な推理をしているのか。いずれにしろ明らかに超常的なにかが原因ではあるだろうが、それが意味のない不自然さを作り出すのは仕方のないことだろう。

何か思い出したら連絡をくれと電話番号の書かれた紙を渡し刑事は帰っていった。正直事件の結末はあまり興味がないし、今の俺に問題がなければどうでもいいことだ。薄情かもしれないが人間なんてそんなものだろう。



交流と聞いて思い出したが家族や友人も変わってしまったことの対象だったなら、それは悲しいことだが一人っ子の俺は一人でいることも好きだ。幼いころは兄弟でゲームを協力プレイで遊ぶ友人が羨ましかったが、成熟すれば気にならなくなるものだ。”僕”の関係については興味があるし、俺の半身の関係が今後悪影響を及ぼすことも考えられる。サボテンの受取人と両思いだったとかで想像以上のまずい事態になるようなことは俺としては困る。刑事は公僕であるため個人的に知りたいことに手を貸すことにメリットがない。もちろん”個人的”にお願いすることも考えたが、警察に職権乱用させるだけの度胸もないし、かなり年の差のある刑事とはそういう気分になりそうもなかったので諦める。まあ代案はすぐに思いついたが。


「お電話ありがとうございます! こちら三澄探偵事務所です!」

ひさしぶりに元気はつらつという言葉ぴったりの女性の声を聴いた気がする。病院という場所の静けさに慣れていた耳には痛いくらいだ。

「調べてもらいたいことがあるんですけど」

「・・・・・・・・・・」

「もしもし?」

「も、もしかして男性の方でしょうか」

「そうです」

「調べたいことですね!この三澄探偵事務所になんでもお任せください! それではまずお名前をお願いします」


本当にまかせていいものか探偵事務所なんて利用したこともないので今頃になって、少し不安になってきた。


「桐谷恭介です」

「ありがとうございます。それでどんなご依頼ですか?」

「おかしな依頼だと思うんですが、俺自身の人間関係について調べてほしいんです」

「あなたの人間関係をですか?」

「ええ。実はちょっとした事故で昔の記憶を思い出せない状態でして。そのために昔の自分のことについていま調べているんです」

「なるほど。具体的にはどの程度の規模まで調べますか?」

「家族と友人について調べてもらえればいいです」

「それなら、三日四日くらいで調べられると思います。調べ終わったら連絡しますので電話番号をを聞いてもよろしいですか?」

「申し訳ないですが今携帯持ってないんでそのくらいたったら、そちらに伺います」

「わかりました。最後に料金のことなんですけど・・・」


そういって提示された額は想像の三倍くらいの料金でびっくりした。確かにまるっきり調査に一日を使うとしたら数日でこの程度は妥当なのかもしれない、がこれほどとはな。まあ金なら何とかする方法はいくらでもあるだろうと楽観的に考え、

お願いすることにした。





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