外出

今日の目覚めは寝心地のいいベットの上でよかった。そんなことを考えて起床するの初めてだったがこれまた起きたら検視前だったなんてこれ以上ないことを祈りたい。

昨日小室さんと約束した通り今日は大学の講義にゲストとして出演することになっている。大学に行くのは、どうせ病院にいても暇だろうし、それにまだ百パーセント男が少ないことを信じきれていなかったという理由もあった。大学が女子大とかでもないのに女性しかいなければいよいよ男性が少ないことは事実として認めていいだろう。確定事項になったなら心置きなく小室さんをからかうのも楽しそうだ。

朝食を食べ終わったあと、ドアがノックされて小室さんが入ってきた。


「おはようございます桐谷さん」

「おはようございます。講義は午後からですよね?」

「ええ、そうですけど桐谷さんが講義に来ていく服がないことを思い出しまして。」

「確かに、患者服で出席するわけにも行きませんしね」

「なので、服を買いに行きましょう。謝礼として服はこちらで代金を払わせてもらいますので安心してください」

「いいんですか?」

「こちらがお願いしたのですら当然です」

「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらいます。講義ってことはスーツとかのほうがいいですかね?」

「スーツですか?まあ私はスーツですけど、男性はそもそもスーツを着ることもほとんどないのでカジュアルな服装で大丈夫だと思います。それに少しお話してもらうだけ大丈夫だと思いますので」

まあ確かに、男性が少なく優遇されてるなら働いてスーツを着ている男性もいないということなのだろう。しかし俺はスーツが一着くらいあったほうが困らないかなと考え、

「せっかくだし、スーツを着ていくことにしようかな」

「わかりました。それじゃあ出発しましょうか」


というわけで男性用のスーツを取扱っている店へと向かうことにした。患者服で向かうのはかなり恥ずかしいが、小室さんは車で通勤していないそうなので、タクシーで向かうことになった。タクシー運転手のおばちゃんも男性が客だとわかると少し驚いたようだ。車内へと乗り込むと、小室さんはスーツ店の名前を運転手へとつげる。出発して少しすると運転手が話しかけてきた。


「いやー、長いことタクシー運転手やってますけど男性のお客さんは初めてですよ。」

「へーそうなんですか。どのくらいこのお仕事を?」

「かれこれ20年くらいですかね」

「そんなにベテランでも、乗せたことないものなんですね」

「まあ、男性の方がタクシーを利用するなんて緊急時でもない限りないですよ。お客さんも患者服ってことは何か特殊な事情でも?」

「大したことじゃないです。じつは患者服以外に着る服がないのでこれから服を買いに行くとこなんですよ」

「そういえばこの店知ってます。有名なスーツ店ですよね。男性でもスーツなんて着るもんなんですか?」

「まあちょっと物好きなだけです」


その後もあそこの店がとても美味しくて有名店だとか、過去に乗せた乗客の話など聞いてて面白かった。その間、小室さんはあまりいい顔をしなかったが。そんなこんなで店に到着した。


「男性は気難しい人が多いって聞いてましけど、お客さんはとっても社交的なんですね。もし機会があったらまたのご利用待ってます!」

「いえ、桐谷さんが特別社交的なだけです。ほら、行きましょう桐谷さん!」

「あ、ちょっと。じゃあまた機会があったら利用させてもらいますね」

小室さんに強引に連れ出されながらも運転手にお礼を言って車内から出る。そしてタクシーが遠ざかっていく。

「桐谷さん!私が一緒とはいえもう少し女性にたいして警戒心をもってください」

「ちょっと雑談しただけだしいいじゃないですか。」

「ですから、それがだめなんです!」

「それはちょっと息苦しいですよ。さ、行きましょう」


会話を強引に終わらせて店内へと入る。彼女は不服そうな顔をしてこっちを睨んでいた。すぐにきっちりとスーツを着こなした女性が出てきた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお求めでしょうか?」

「こちらの男性に似合うピッタリのスーツをお願いしたいのですが」

「かしこまりました。担当をお呼びいたしますので少々お待ちください」

しばらくすると、いかにも立場の偉そうな感じの女性が出てきた。

「いらっしゃいませ。男性を担当しています、国枝と申します。当店では男性のお客様も比較的多くご利用されておりますので安心してくださいませ」

「ええ、お願いします」


ということでサイズの測定をすることになったのだが、そのえらそうな感じの女性が測定してくれるのが意外でびっくりした。測定中もなんだか変な気分だった。

「お客様は大変ご立派な体をされてますね。背も大きくてとてもスーツがお似合いになりそうです」

俺の身長は170センチと、平均より程度だがら、背が大きいってほどでもないと思う。男性が少ないってことと関係しているのかも。体に関しては大学の近くに25メートルプールがあって小学生のとき、水泳を習っていて大学生になってからも運動不足解消のために週に何回か暇なときに通っていたが、損はなかったな。

「もしよろしければ、宣伝のために何着かスーツを着て頂いて写真を取らせてもらえないでしょうか?そうしていただけましたらスーツの方も割引させていただきますよ」

「そんなことでしたら、ぜひ協力しますよ。小室さん、まだ時間大丈夫ですよね?」

「まあ、大丈夫ですけど・・・」

スーツが安くなるにもかかわらず、彼女は不服そうだった。


一時的に国枝さんの着せ替え人形となった俺は、手際よく着替えては撮影を繰り返す。国枝さんと小室さんが着替えるたびに褒めてくれるので、なんだかファッション雑誌のモデルの気分だ。まあ俺はそんな器じゃないと思うけど。思ったよりながくつづいて少し疲れてきたのを国枝さんは察してくれたのかそこでようやく開放してくれたが、表情は物足りなさそうだった。

その間にスーツの調整などは終わったらしく、最後にサイズピッタリのすばらしいスーツが完成していた。ほんとうはこんないいスーツ着る機会なんてなかっただろうけど俺はついてるな。孫にも衣装、スーツはこんな俺でも多少かっこよくなるしスーツにしてよかった。


「桐谷様、大変お似合いでございます」

「桐谷さんとてもかっこいいですよ!」


お世辞だったとしても魅力的な女性にそう言われ、悪い気分になる男なんていない。あのとき友人とくだらない飲み比べ勝負をしてよかったと心底思った。


スーツも無事ゲットしたことだし、このあと講義の前に昼食にしようとはなしていたら、国枝さんが近くにいいレストランがあると紹介してくれたので、そこで昼食を取ることにした。肩がこるようなしっかりしたレストランは気分じゃなかったが、ついてみたら小洒落たレストランでお昼休み中のOLもいるような入りやすいレストランでよかった。


「桐谷さんはパスタだったら何が好みなんですか?」

「明太子パスタが好きなんですよね。あんまり王道な種類じゃないかもしれませんけど」

「奇遇ですね。わたしも明太子パスタ好きなんですよ。明太子自体が好きでご飯といっしょにたべたもしますし」


彼女とそんなふうに昼食をとっているとデートしている気分になった。白衣を着ているときとは違い体のラインが目立つスーツ姿は目に毒だ。今日は一応仕事って名分だし少し気持ちを落ち着けようと席をはずしトイレに向かった。鏡のまえにたち自分を見つめる。落ち着いたあと軽く手を洗おうと洗面台へ目を向けると、前ポケットに何か入っていることに気がついた。取り出してみると名刺っぽいものが入っていた。

『お仕事でもプライベートでも、いつでもご連絡お待ちしております 国枝 さつき』

仕事の出来そうな国枝さんはアプローチにおいてもできる女ってやつかもしれないな感じた。


楽しい昼食もおわりいよいよ大学へと向かう。ここから歩いて行けるらしいので歩いて向かう。道中でも男性はほとんど見かけず、もはや大学に向かうまでもなく男性がすくないのは確信できた。


大学へと到着して講義室へと案内される。その後すぐに講義が始まった。90分の授業だとのことで最後らへんに患者としてちょっと私の顔をたててくれるとたすかるとのこと。お世話にもなってるしお安い御用だな。真剣に講義おこなう小室さんは昼食を一緒に食べていたときとは別人のようでかっこいい。講義の内容は男性専門医としての業務内容とか俺にはさっぱりな理系的な話などをしていて、気づけば終盤になっていた。

「えー最後に私の担当している男性も今日はご一緒に来ていますので紹介したいと思います。桐谷さんです」

そして俺にマイクが渡される。人前で話す経験はそれなりにしてきたが、かといって得意分野なわけじゃない。

「どうも、桐谷京介です。小室さんにはお世話になっています。彼女は医者としてとても尊敬でき、信頼できると思います。患者としても誠意ある対応をしていただき安心です」

とできる限りのことは言っておいた。

「・・・・ということで男性専門医は、男性からの信頼も患者のかたに安心していただくために重要なことになっていることはご理解してもらえたと思います」

「それではこれにて講義は終了です。質問がありましたらこのあと対応させていただきます。おつかれさまでした」


講義後も質問しに来る生徒も多く、真面目な学生が多い。自分の学生時代と比べると大違いだな。

だんだんと講義室から生徒が少なくなっていき、質問タイムも終了したようだ。

「お疲れ様です小室さん。人前でもあれだけしっかり喋れるなんてさすがですね」

「・・・いえこちらこそ、今日はありがとうございました。授業も真面目な学生ばかりでやりやすくてよかったです」

というものの、なんだか彼女は歯切れが悪かった。


夕食もどこかで、というにはまだ日が明るい時間帯だ。ひさしぶりというべきなのかわからないが、病院で過ごしていたせいで、外出しただけ少し疲れた。彼女も講義前より口数が少なくなった。先ほど歯切れが悪かったのも単純に講義で疲労していたのだろう。寄り道せず病院にかえることにした。よくよく考えれば病院に帰るってのもおかしい。病院暮らしも悪くないが家に帰りたい気分だ。帰りは大学の職員が送ってくれるというので車に乗り込んだ。車の大きくも小さくもない音、適度なゆれに瞼が重くなる、そのまま瞼の重さ従うことにした。


「・・・ん。桐谷さん。つきましたよ」

目に映るのは端整な顔に、今までのことは夢じゃないと心臓の鼓動が少し早くなって実感する。

「すみません寝ちゃって。車に乗ってると眠くなりますよね」

「いえ、気にしないでください」



みなれた病室に帰ってきた。やっぱり病室に帰ってきても安堵する感じじゃないし、検査結果がでたら出ていくことにしよう。病院じゃシャワーしか浴びられない少し遠くないところに銭湯もあるようだが、男湯の暖簾はかかっていないだろう。久しぶりに湯船につかりたい。食事も専用っぽいけど好きなものを食べられるわけじゃないしな。

夕食後、シャワーを浴びてベットによこになる。思った以上に他人からの視線が気疲れする。車で寝たがすぐに寝付けそうだ。しかし、どうして車に乗っていると眠くなるのだろう。医者に聞けば答えているのだろうか。医者だから何でもしってるってわけでもないか。のんきなことを考えていると扉がノックされた。その医者がやってきたようだ。

「入りますよ桐谷さん」

「どうぞ」

スーツもいいが、やはり白衣のほうが様になっているのは医者であるからだろうか。


「お体の調子の方はどうでしょうか」

「特に問題ないですよ。ちょっと疲れましたけど」

「改めまして、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、いろいろあって楽しかったです」

「それなら良かったです・・・」


と言う割には浮かない表情をしている。やはり疲れているのだろう。


「小室さんもお疲れのようですね、よかったら肩でももみましょうか」

お小遣い目当てでよく両親や祖父母の肩もみをしていたこともあって肩もみが無駄にうまくなった。気持ちよさそうだったので試しに自分にもやってもらったことがあるが、疲れていないし肩を凝るようなこともしてないのに気持ちいいわけもなかった。

「いいんですか?」

「ええ、小室さんには大変よくしてもらってますしお安い御用ですよ」

「・・・それならお願いしようかな」


一人用のでかい病室だったのでソファーもあった。そこに座った彼女の後ろにまわり肩をもむ。美しく艶のある髪の毛からロングヘアーの大和撫子っぽい彼女をついつい想像してしまうが今の髪型も彼女らしさがあっていい。

「桐谷さんとても・・・お上手ですね・・・・・ん・・・」

「まあ昔はよくやってましたしね」

「・・・・・・はぁ・・・・そんな人がいるなんてうらやましいです」

「そんな大したものじゃないですよ」

5分程度そうしていたが、時折聞こえる色っぽい声は甘美な毒のように体を蝕んでくるような感覚を覚える。

「このくらいでいいですかね」

「・・・・・・・・」

「小室さん?」

「ありがとうございます。おかげで疲れがとれました。私もお返しにマッサージさせてもらえませんか?」

彼女と入れ替わりソファーに座る。医者のマッサージと聞くとなんだか的確に痛そうなところついてきそうだ。

次の瞬間、俺に近づいたかと思うと彼女は俺にまたがり対面座位の形になる。


「えっと、小室さんこれはいったい」

「あなたが悪いんです。何度も忠告しても、無防備なのが悪いんです」


彼女がさっと顔を近づける。俺との距離はどんどんと近くなりやがて零になった。






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