第4話stay in the place
小さい頃の祖父との思い出は、田舎にポツンとたたずむコンビニでお菓子を買ってもらうこと。
母親にはいつもお菓子をねだると、嫌悪に満ちた目で睨まれていた。どうしてもお菓子が欲しいときは、値引きシールが貼られている特売のお菓子をひとつだけ選んで、遠慮がちにカゴに入れてもいいか確認していた。
だから祖父がコンビニで、嬉しそうにお会計をする姿を見ると私は困惑していた。お菓子を買ってあげることが嬉しいことなのか?そもそもコンビニにお菓子を買うためだけに連れていってもらう、そんなことがあっていいのか。不安そうに祖父を見る私をよそに、祖父はお会計を済ませるとニコニコしながら私の選んだいつもは絶対に買ってもらえないお菓子を与えてくれる。依然私は困惑したままであったが、笑って嬉しそうに受け取ると祖父は満足気な顔をしたので、そういうことなんだと納得することにした。
小学生になると、祖父の家に行くたびに千円程度のお小遣いをもらった。
両親からのお小遣いはなかったため、祖父は私の貴重な収入源だった。祖父の気分を害さないように、幼少期に学んだ喜び方で祖父をもてなす。祖父は変わらずニコニコと嬉しそうにしているので、うまくやれている自信があった。しかしお小遣いをもらうたび多少の罪悪感もあり、祖父を騙しているような自分と葛藤していた。だからどんなにテレビゲームが欲しくても、大量のコレクションカードが欲しくても、祖父が渡してくれる以上の額を要求はしなかった。
祖父がずっと嬉しそうにしていてくれることが救いだった。騙しているとしてもそれが祖父にとって幸せならそれでいいじゃないかと納得することにした。
高校生になると、祖父の家に行く数は減り、家族以外の人と過ごす時間が増えた。
自分でバイトをし、好きなものを好きな時に買い、幾分か自由な生活ができるようになっていた。しかしバイトと勉強と恋に忙しく、祖父の家に行く暇はなかった。盆と正月には両親につれられしょうがなく尋ねることはあったが、祖父の家に行く理由は私にはなかった。祖父の家でもケータイで友達と連絡を取ることに夢中だった。ふと目をあげると、やっぱりニコニコしている祖父がお茶と大量のお茶菓子を机に置いていった。私に話しかけることはせずとも、優しい視線を感じる。その視線が私には痛くて、祖父が置いていったお菓子と別の部屋に一人籠もっていた。
上京して働きだすと、実家に帰ることも年に数回となり、祖父にはもう何年も会っていなかった。一人暮らしの祖父の様子を見に、週に1回母が祖父の家に通っていたが、最近出かけたまま帰り道が分からず警察の世話になったことがきっかけで、祖父を入れる施設を探していると言っていた。祖父の年金が少なすぎて入れれる場所が少ないとか、値段は良くてもあの施設は遠すぎるとか、あんたは一人でのんびりやってていいわよねとか、そんなことを言っていた。
盆に久しぶりに休みが取れたので帰省した。その日は丁度祖父の家に行くと言っていたので、私もついて行くことにした。
「この方は?」
と、祖父が母に尋ねる。
あーあんたのことも分からないか、そうだよね、と母がぼやいていた。
祖父は相変わらずニコニコとした笑顔で私の方を見ていた。
その後、家の奥から私の小さい頃の写真を出してきて、一枚ずつ丁寧に説明をしだした。私は祖父と同じようにニコニコしながら説明を聞いていた。
しばらくすると私にお茶と大量のお茶菓子を出した。貼り付けた笑顔のままクッキーの袋をひとつ開けた。
その年のうちに祖父は施設に入った。施設でも私の写真を持って、ニコニコとしながらスタッフにうちの孫だと自慢しているらしい。
毎月いくらか払わないといけないと愚痴をこぼしつつも、祖父の心配をしなくていい、解放されたと母は喜んでいた。
小さい時から私を蝕んでいたチクチクとした想いは、行き場を失い私の中を彷徨っていた。
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