第2話sounds like

久しぶりにお墓参りをした。

 先祖の眠る墓へは竹藪を越えていくのだが、その道がトトロの小径みたいで、小さい頃は少しはしゃいだ。さわさわと風に揺れる竹の音とその隙間から刺す光が、この先の場所は特別だということを語っているようだった。


 墓地に着くと既に祖父母といとこ家族が居た。ばあちゃんはお参りセットから数珠を取り出して私に一つ手渡す。線香を立て蝋燭に火を灯すおばさん、私よりひとつ年下のいとこはやかんに水をくみ墓石にかけている。じいちゃんとおじさんは車から花を運んでいた。

「あら、久しぶりね。手を合わせていってくれるんね。」

それぞれ何も言わなくてもやることは分かっていた。久しぶりに来た私だけ、手持ち無沙汰になっていた。


盆に親族みんなでお参りするのが通例だった。

子供の頃は従姉妹兄弟と竹藪から墓地を駆け回って、やれお参りの手伝いをしろと説教されたものだ。線香は3本づつ、蝋燭の火は手でそっと消すのだ、と教えられた。手を合わせて目を瞑ると、どうしても周りが気になって薄目で大人たちを見たことがあった。みんな静かに手を合わせ、誰も子供たちのことなんか気にしていなかった。少し恥ずかしくなって慌てて目を閉じた記憶がある。


ばあちゃんがお椀型の小さな鈴を取り出すと

ボン ボーン

とふた突きし、それを合図にみんな手を合わせ目を閉じる。

慣れた様子でお経を読むばあちゃん。

私も般若心経は覚えていたが、ばあちゃんの速さではとても読めない。

お経だけが竹藪から吹いてきた風に乗って流れていく。

「般若心経…」

最後の一節を終えるとそれぞれ手早く片づけを始める。


じいちゃんは昔よりもずっと耳が遠くなって、適当に相槌を打っているけど多分何ひとつ聞こえていない。

ばあちゃんは膝を悪くしてしまい、どんな時も正座だったけど今は椅子に座っていることが多い。

おばさん、おじさんは白髪が増えて、少し太っている。両親も同様、どちらかというと昔の祖父母のようだ。

ずっと私の後を追っかけていた従姉妹は、率先して手伝い、というよりも場を仕切っている。


そんな彼らに、私はどう写っているのだろう?

故郷を離れて、都会の狭いアパートに暮らし、毎日お弁当を買って食べる日々。身に纏う物は高価になったが、この場ではどうしても浮ついてしまう。


それでも私に注がれる視線は、誰も、あの頃と、何ひとつ変わっていない。



先祖の墓の隣に、それよりもずっと背の低い、みすぼらしい墓石が6つほどある。

「じいさんが無縁仏の供養なんかするから、手を合わせる場所が増えるんだ。」とおじさんが昔嘆いていたが、どの墓石にも隔てなく線香と蝋燭とお花は添えられ、全員で静かに手を合わせている。

 その時は言っていることがよく理解できなくて、何をなげかうことがあるのか、と思っていたが、今ならじいちゃんの気持ちもおじさんの気持ちも理解できる。



「じゃあね」

とじいちゃんに語りかけたが、通り過ぎようとするので目の前で手を振った。

じいちゃんはそれに気付いて笑顔で手を振り返すと、そのままスタスタと車に乗り込み、慣れた様子で運転をして帰って行った。


私も自分の車に乗り込み、両親を乗せて帰った。



運転席から見る懐かしい景色は、大人という遮る物なく見えるようになって、出会ったことのない寂しさを感じた。

「そういえばあそこの竹藪、全部狩って新地にするみたいよ。」

「杖使ってたり車椅子の人が通りにくいって苦情があったみたい。」

「へー…そうなんだ…」

素っ気なく返した。強がった。

バックミラーに映る母のつまらなそうな顔が、かき混ぜられた私の心を繋ぎ止めていた。

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