As the days passed by

リサ

第1話smells like

「セリーヌの新しいバッグを買ったんだ。さて何色でしょう。」

「うーん…ミワのことだから薄いピンクじゃないかな。」

「ブッブー。正解は水色でしたー。ボーナスほとんど注ぎ込んだけど、彼とグアム旅行控えてるし、水着も買わなきゃ。」

「グアム行くんだ。夏楽しくなりそうだね。」

「彼がプライベートプール付きの部屋予約してくれたの。旅慣れしてるから飛行機のチケットも現地の観光も全部手配してくれて。本当にデキる彼。」

「そんな彼捕まえられるミワが羨ましいよ。」

「そんなことないよ。でもセブ留学してて人脈広がったのは本当よかったと思う。」



−--それでそのセブで毎晩クラブ行って、現地住んでDJやってる人やら、慶應のミスターコンで準優勝した人やら、不動産で小金持ちの人やらとお友達になった。という話は耳にタコができるくらい聞いた。

 ミワとは就職してからの友達だけど、お互い退職した今でも彼女から定期的にLINEが来る。おかげでミワの事情は把握させられている。

 彼女からのLINEは、開く前に大体半日ほど寝かせる。そして心に余裕ができたときにそっと開く。スマホに視線だけ落として内容を把握すると、考えすぎないように注意して返信する。予測変換を押していくと効率がいい。



「それはよかったね。」



手早く文章を作り送信する、と1分も経たないうちに返信がくる。



「いや〜あの時の自分は毎晩クラブ行ってて狂ってたなあ。」

「(満面の笑みのウサギ スタンプ)」

「あそこで慶応ボーイに会わなかったら彼にも会えなかったからね。」



ダメだ。もう限界。

LINEを閉じてインスタを開く。一番上のポストはエメラルドブルーの海と白い砂浜に砂でできたお城がポツンとある写真。

よく見るとグアムにある砂浜だそう。一気に気持ちの熱が冷めていくのを感じた。

写真用に3日ほど晴れた後の日を選んで、シャッター内に収まる範囲の木屑や割れた貝殻は全て捨てて、お城を作るために砂場道具を買って城を作り、その後はまるでついさっきまでそこで子供が遊んでいたかのようにスコップやバケツを散らして、何十回も角度を変えて撮影したうちの一枚がそこにあがっていることを悟る。

「何が楽しくてやってんだろう。」

つい口から漏れてしまった声が一人の部屋に反響する。



スマホを置いて、キッチンへと向かう。

行きつけのショップで買ったコーヒー豆をミルに入れてゆっくりと挽く。だんだんと豆の香りが広がり、それを察知すると強張っていた顔が緩んでいく。苦めのコーヒーが好きだと伝えたら、とっておきの豆を店裏から出してくれた。それを少し深煎りして、丁寧に作ってくれた一杯の美味しさを思い出していた。その味が出したくて、店主おすすめのコーヒーメーカーを買い揃えてコーヒーをいれているわけだが、あの味を再現するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

それでも、コンビニのコーヒーよりは格段に美味しくできたコーヒーをスターバックスのシンプルなマグカップにいれてリビングに戻る。


思えば小さい頃は、おやつ時になると、私はココア、両親はコーヒーを飲んでいた。コーヒーの匂いはおやつの時間の合図。小さい頃の私にとってオトナの飲み物、コーヒーの匂いは邪魔でしかなかったが、それがココアとお菓子を連想させるので匂いを分けて潜りながらおやつにありついたものだった。パブロフの犬、とは少し違うが、似たようなものだった。


いつから好むようになったのかはもうよく覚えていないが、大学受験の時にはもう好きだった。周りの同級生たちは、目を覚まさせるために無理やりブラックコーヒーを飲んでいたが、私にとっては癒しのブラックコーヒーだった。勉強でもやもやとしていた頭がコーヒーの香りで染まり、クリアになっていく感覚が忘れられない。


一口飲むと、やっぱり私をコーヒーで染め上げていった。

始めはインスタント、その次は少しグレードアップしてドリップパック。お金を稼ぐようになってからはバリスタの居るカフェを巡るようになり、現在のこだわりの豆を購入して自分で淹れるスタイルに辿り着く。

何が美味しいのかさっぱりわからなかった飲み物に、今はハマっている、ということ。

両手でマグカップを握り一息ついていると、置いていたスマホが光る。


「ミワ:慶応ボーイのおかげで有名モデルと写真撮らせてくれて…」


スマホをそのまま裏返して、もう一口コーヒーを流し込んだ。

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