第2頁 どうやらアリスになったらしい


「これは……」


 水面に映る自分の顔を触って確かめても明らかに小顔になってるし、髪もサラサラだ。


 どうやら、私はアリスって子になったらしい。


「不思議の国のアリスの空想区に来た影響だね。君はこの空想区ではアリスとして物語をハッピーエンドまで繋げるんだ」


「そうは言ったってさ、まるもふはそのままの姿だし、私はただの人間だよ?」


 まるもふは今まで通りの白いもふもふだ。私はアリスだけど……。

 なんか、コスプレしてる気分だ。中身もただの人間だし。


「その辺は問題ないよ、記憶は君でも、姿と身体能力はアリスだから」


「そのアリスってそんなにすごい人なの?バク宙とか出来る?」


「[キャラクター]によるけど、アリスは君より走るのが早いよ。力も強いしね」


 また知らない単語が出てきた。

 キャラクター?


「キャラクターって何?」


「物語の登場人物のことを[キャラクター]って言うんだよ。それより…」


 まるもふが方向転換して、川の向こう側を見たので、それに釣られて私も見る。


「黒い…影?」


 真っ黒な人型の影がそこにはあった。


「あれはヒトガタ。この物語が人々に忘れられた元凶だよ。ヒトガタが存在することで矛盾が生じてしまう部分が出て、物語が強制的に世界から消されてしまったんだ」


 ヒトガタ…。鋭い爪を持ち、ギザギザした牙も付いている。

 あいつがどこからが物語の空想区に侵入して、それが矛盾の原因となっているらしい。


 例えば、登場人物Aさんが生還する物語だったのにヒトガタが居たせいで死んでしまい、そこで矛盾が生じる。


 私たちの存在に気づいたヒトガタは、咆哮の後、こちらに走ってきた。


「ちょっと!?こっち向かってきてるんだけど!」


「まずいね」


「本当にまずいよね!?ど、どうするの?」


 まじでやばいよ!もうすぐそこだよ!

 て言うか、増えてない?さっきまで1匹だったのに、もう4匹ぐらい居るんだけど。


「とりあえずこれを使って」


 どうしてそんなに落ち着いていられるのか私には理解できないが、今はそんなことを気にしていられない。

 まるもふがどこからか取り出したのは桃色の鋼がついた剣だ。


「それは[メルヒェン・ソード]。御伽の力が込めれていて、ヒトガタにしか効かない剣さ」


 私はまるもふからそれを受け取って、強く握りしめた。


「お、意外と軽い?」


 アリスの力が相当の馬鹿力なのか単純に剣が軽いのかは分からないが、結構簡単に触れる。


「さ、来るよ」


 まるもふのその声に反応して、私は剣を構える。剣道なんて体育の授業でしかした事ないけど、大丈夫かな。


「ぐるらら…」


「メルヒェン・ソードの錆にしてやるー!」


 こうして、アリスの空想区での戦闘が始まった。



 ・・・・・・



「はぁ、はぁ…結構疲れるね、剣も」


 アリスの身体でこれなら、私の身体はもったもんじゃないな。

 息を荒くして、草原に大の字で寝転がっていると、胸の辺りにまるもふが乗ってきた。


 ヒトガタは斬ったら灰みたいになって消えてしまったので死体はない。


 4体のヒトガタを倒した後はたいへん疲れる事がわかった。これからは気をつけないと。


「お疲れ様、なかなかいい振りだったよ」


 約20回の攻撃に対し命中したのは4発。

 これがいい振りというのだろうか。


「あなた…戦えないの?」


「僕は無理だよ。手が無いし」


 手が無いのは重々承知だが、それでもやっぱり一緒に戦って欲しいものだ。せめて囮役とか。


「はわわ、急がないと急がないと。お茶会に遅れちゃう!」


 大慌てで私達の目の前を走っていったのは白いうさぎだ。

 大きな懐中時計を持って汗をかきながら走っていくうさぎを見て、私とまるもふは目を合わせる。


「時計うさぎ!早く追いかけないと!」


 私はまるもふを抱えて、一目散にうさぎを追いかけた。時計うさぎは物語中でもついて行くのに苦労したようで、穴に潜っては別の場所に顔を出すので何度も惑わされてしまったが、ようやく作中に登場した【小さな洞窟】に到着した。


「ここが…穴のある洞窟」


 そう、物語通りならこの洞窟の奥に穴があるはずだ。その穴に落ちたら不思議の国へ行けるドアがあるはず。

 時計うさぎは洞窟に入った姿を見たあと、消えてしまった。


「まるもふ、ここ降りていいんだよね?骨折とかしない?」


「アリスが大丈夫だったら君も大丈夫のはずだよ」


「ならいっか」


 私は穴に足を下ろして慎重に降りていく。わずかだが、傾斜があるのでずりずりと滑って降りていける。


「よっと、結構暗いな…」


穴の下へ降りていくと、真っ暗な狭い空間があった。それと、不思議の国へ行きの扉も。

早速不思議へ行こうとドアノブを捻る。


「だめよあなた大きすぎるわ」


「ドアノブが喋ってる!?」


まるもふが喋っているからもう驚くものは無いと思っていたが、不意打ちすぎた。

それに、大きすぎるって言われてもな…。


「ね、まるもふ。物語ならどうやって入ったの?」


「そこのテーブルにある小瓶に入った薬を飲めば小さくなるよ。反対に、クッキーを食べたら大きくなるから」


なるほど、と納得してテーブルに置かれたクッキーを1枚ポケットに入れて、小瓶の中の薬を飲んだ。

すると、みるみる身体は小さくなっていき、やがてテーブルよりも背が低くなってしまった。

あれ、もっと小さくなるの…?


「まさか君、全部飲んだのかい?」


「え、飲んだらダメなの?」


そう言えば小瓶の横に「半分のみ飲んで」って書いてた気がする!


みるみる小さくなって、まるもふと同じかそれより少し小さくなってしまった!


「まるもふって、そんなに大きかったんだね…」


「君が小さくなったんだよ?」


「わかってます……」


自分で自分を叱り、反省していると、ドアノブが急かすように言った。


「小さくなったなら早くくぐってくれない?」


「偉そうなドアだなぁ…。それじゃ、まるもふ号出発!!」


「僕が動くの?」


「ほら早くー!」


まるもふは気だるそうにため息をついて、ぴょんぴょん跳ね始めた。

私がドアノブを回し、まるもふがその奥に進む。


白い光に包まれて、私は2回目の世界移動を行ったのだった。

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