忘却のメルヒェン
秋風 紅葉
第1頁 それは御伽話のような出会い
あなたには、愛した物語があるだろうか。
それも、幼い時に。
多くの人が幼い時に童話を聞かされたと思う。
シンデレラ、赤ずきん、アリス、白雪姫、人魚姫……
彼ら彼女らの物語は永遠に語り継がれ、この世界に残っていく……はずだった。
今はどうだろう。
あなたは先程あげた物語の内容を覚えていますか?
子供の時に愛した物語でも、大人になれば忘れてしまうもの。
これは、忘れられた御伽話を取り戻す1人の少女の物語。
【忘却のメルヒェン】を救い出す少女の御伽話である。
・・・・・
私は図書館が好きだ。
たくさんの物語がその建物に集まり、私にたくさんの思い出をくれる。
私は本が好きだ。
目に映る文字だけで伝わる世界観、登場人物の心情、セリフ。それが私にとって生きがいでもあり、幸せだった。
「ふぅ、この本面白かったなぁ」
私はノートを取り出して、読み終えた本の概要をまとめる。
黒いマジックで書かれたNo.14の文字。
小学生の時から読み終えた作品のあらすじ、登場人物、大まかな内容をまとめることにしている。
今回読んだ話は[隙間物語]。
崖に落ちた2人の男女がわずかな隙間で生活し、脱出を目指す物語だ。
2人を襲うハプニングや動物のピンチがハラハラして読んでいるこちら側も楽しめた。
ノートに書き終え、机の上に散らばっている物をトートバッグに詰め、椅子を引いたその時。
「やぁ、こんな遅くまで読書かい?」
突然現れたのは丸いもふもふしたソレだ。
具体的な容姿や固有名詞を綴るのは難しい。
白く、両手で持つとギリギリ持てるぐらいの大きさ、羊の毛のようなふわふわの毛。
そして…
「動物が喋ってるぅ!?」
そう、このもふもふしたヤツはさっき人語を話したのだ。
本棚の隙間から現れたソレはぴょんぴょん跳ねて目の前の机に着地する。
床から机までジャンプで登れる跳躍力に驚きつつも、私はソレを警戒する。
「全く……、君も沢山物語を読んできたのに、今更僕が喋るくらいで驚かないで欲しいよ」
「んなアホな……」
私が物語マニアということは認めよう。でも、現実と妄想を混ぜてはいけない。
「突然だけど、君は童話を知ってるかい?」
「童話?」
私は絵に書いたような程綺麗な返答に、我ながら呆れた。
はぁ、と白いのはため息をついて、ぼわんぼわんと揺れる。
と言うか、あんたは誰なんだよ?
「やっぱり…この世界には童話が無いか」
ソレは落ち込んだように悩み、数秒の沈黙の果てに顔を上げた。
「分かった。それじゃ、もうすぐ駅前に[アリス]の【空想区】(メルヒェン・チャート)が出現するから、そこまで移動だ」
「アリスって何?」
「それについても行きに説明するよ!」
「うぇぇ?!ちょっ、待っ!」
急に跳ね出したソレは図書館のドアを押して外に出た。
どちらにせよ、駅に乗って家に帰るので駅前には行かないといけないのだが。
童話、【空想区】、アリス、謎の生物。
メガネをかけた地味な私に起きた突然の出来事がこの先の人生に大きな影響を与えるとは、思ってもみなかった。
・・・・・
ある日の昼下がり、金髪の少女アリスは姉と一緒に本を読んでいた。
しかし、大変退屈していたため、飼い猫のダイナと一緒に本室を抜け出して川の近くでくつろいでをいた。
そこへ、チョッキを来た白うさぎが大きな懐中時計を持って走っているのが見えたアリスは大急ぎで追いかけました。
白うさぎを追いかけていくと、大きな洞窟に入り、そこの奥の1番深い穴に落ちてしまいました。
小さくなる薬や大きくなるクッキーという不思議な物を見つけた後、洞窟の奥にあった小さな扉を開きます。
そこはうさぎの茶会やトランプの騎士が居る【不思議の国】なのでした……。
・・・・・・
「って言うのが[不思議の国のアリス]のあらすじさ」
白いもふもふを抱いて、夕焼けの空を歩く。白い辻雲を見上げながら空を歩いていると、何とも言えない気持ちになる。懐かしいような、寂しいというか。
白いもふもふが[不思議の国のアリス]という童話のあらすじを話してくれた。
「なるほどね、確かに続きが気になるよ。アリスって子が追いかけた白いうさぎも気になるし」
「もうすぐ分かるよ。嫌でもね」
嫌でも、という部分に疑問を抱きながら、数分歩いていくと、見たことの無い物を見つけた。
特に目立った様子のないビルに。空間にヒビが入っているような。
無音のヒビの奥を除くと黒い空間が広がっていた。
「まるもふ、これは何?」
「まるもふ……?なんだいそれは」
「白くて丸くてもふもふしてるから、まるもふ。そんなことよりこれは何って!」
まるもふは気に入らないような仕草を見せたが、直ぐに私の質問に答えた。
「それが【空想区】の入口さ」
ふぅん、これがアリスの【空想区】か。
「ね、ここ入るの?」
正直、入りたくない。怖いわ。
空想区の入口を覗き込んでいると、後ろからまるもふに頭突きをされて、ビルに突撃!
やばい、ぶつかる!
私は急な出来事に思わず目を瞑って、衝撃に耐える準備をした。
しかし、目を開けると何処も痛くないし、ぶつかってすらいなかった。
真っ暗な空間を見渡し、そしてやっぱり何も無いことを確認する。
「ちょっとまるもふ!何で押したの!」
急に押すとか聞いてないし、空想区に入ってしまった。
早く脱出を……、っ…!?
無い、無い無い無い!
さっきまであった入口がない!!
「ま、まるもふさん……出口は…」
顔を青く染めて、まるもふを持ち上げながら問う。もちろん対象はまるもふ。
「物語を最後、つまりハッピーエンドに導かないと帰れないよ」
「嘘…、それじゃ、一生このままなの!?」
「だから、さっき言ったじゃないか。ハッピーエンドまで導いたら帰れるって」
まるもふは呆れたようにため息をつきながら言った。
その瞬間、先程まで真っ暗だった空間が突然変化した。
青い空、白い雲、足元には水の流れる音に、背中には緑の葉がぎっしりとついた大木。
「何ここ…」
「ここはアリスの空想区だよ」
「やっぱり来ちゃったんだ…」
その後、そよ風で乱れた私の髪が、金髪ロングヘアになっていることに気づくのは、少々の時間がかかったのは言うまでもない。
「えぇ!?な、何これ!?どうしちゃったの私の髪!!」
髪をつかんでその青い目で見ると、やっぱり黄色多めの金髪になっていた。
川の水面に映った自分の姿を見て、これまた私は驚愕の声を上げる。
白黒チェックのフリル付きスカート、
黒ベースの艶ありの服、
幼げな顔に自分のものとは思えない蒼い瞳。
何度確認しても茶から金に変わった髪、
オシャレな紺のうさ耳みたいに立ったリボン、赤みのある頬に手を当てて、驚いた顔をしているこの少女は…、
「これは…私!?」
何度頬をつねっても、水面に映る少女は私と同じことをするだけ。
夢から覚めたりなんて物語のようなことはおきない。
「こ…これは……マジか…」
アリスの【空想区】に入った私は、
どうやらアリスの姿になってしまったらしい。
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