第56話 ゲーム内配信/秘境探検隊 Ⅶ
オーブの中から出てきたのは鈴がたくさんつけられた丸い形状の何かだった。
「なんだろう、これは」
「特効武器の一種……には見えませんね」
「もしかしたらこれと何かを合わせるんじゃないでしょうか?」
「何かって?」
「たとえばこの棒とか。棒自体は音のなる媒体としてよく使われてきました。しかしこれと言って他に使い道がないんですよね」
「ふむ、確かに」
「少し貸してみてくれんか?」
「え、はい。どうぞ」
オーブの中から出てきたブツと、黄金の棍棒を手に取り、何かのチェックをしながら引っ張ったり突いたりしている。
やがて納得した様に何度か頷くと、勢いよく棒の先端にその鈴がついてる丸い輪を嵌め込んだ。
それでとんと地面に落とすとシャランと綺麗な音が鳴った。
「これは錫杖じゃな。よく坊さんが持って歩いてるのを見た事があるじゃろ?」
「ああ、お年度参りに来る時の」
「それじゃ。中国拳法でも流派がある様に、棒術が伝えられておる。もしかしたらこれを振り回しながら使うって事じゃろうな。ほれ、言ってるそばからなんか出たわ」
ダグラスさんが言う様に、アナウンスが走った。
<重音の錫杖を獲得しました>
古代獣ヒュプノに対し物理ダメージ無効の皮膚を貫通する。
特殊な金属が使われており、打撃を与える際に発する音でダメージを与える。
攻撃後、3秒間のひるみを発生させる。
「やっぱりこれ、特効武器ですね。で、これって量産できそうです?」
イベント専用武器とはいえ、視聴者の気になるところはそこだろう。
「不可能じゃな。まず金属が判明しとらん。溶かして良いなら引き受けるが、やめた方がいいじゃろうな」
【クリアおめでとう!】
【やっぱり特効武器があったか】
【まさかの錫杖とはびっくり】
【カエルに説法とか通用するのか?】
【量産無理なのかー】
「朗報、イベント武器として手に入れた後、例の場所に行ったらまた置いてあったので手順を踏めば再度入手が可能って判明したっす!」
【はい有能】
【最後の最後に仕事したな】
【俺らにもチャンスが来たか】
【シェリルにもチャンスが渡っちゃうんだよなー】
【やめろ! 聞きたくなーい】
【あれ、じゃあ今回はもう終わり?】
【短い】
【前のがそこそこ長かったらなー】
「はい、と言うわけでこの武器がどれくらいの効果を持つかこの六人で討伐しに行ってみましょう」
「いやいやいやいや」
私以外の全員が渋い顔をした。
なんで?
「流石にこの後討伐しにいく流れになるなんて聞いてないんだけど?」
「だって今決めましたから」
「ワシはメカ持っとらんぞ?」
「え、じゃあなんでメカニックやってるんです?」
【辛辣】
【そりゃメカニックでメカ持ってないなんて想定外だわ】
「ワシは武器さえ作れりゃ良いからの。せいぜいが動作確認用パワードアーマーぐらいじゃ」
「じゃあそれに乗ってもらうとして」
「聞かんか! 防御なんて一切考えてないマニピュレーターがついただけのショベルカーじゃぞ? そんなもので戦場に出れるか!」
「じゃあ探偵さん、皆さんの安全は頼める?」
「良いけど、僕戦えないよ?」
「そこは大丈夫です。私一人で戦うので」
【まさかのソロwww】
【これ、他の人達居る意味ある?】
「特等席で見られるよ。前回はピョン吉が相撲できないから今回やろうと思ってさ」
【相撲のためだけに乗り込むな】
【もうこの人怖いもの無しだな】
【未だにピョン吉戦はソロ絶望的なのに】
◇
一人で古代獣に立ち向かっていった配信者を見送る一行は、機関車の窓の内側からその光景を眺めている。
「なんだかすごいことになっちゃったね」
「そうだな。あまりにも想定外だ、あの人は」
「それで君がなんでこんなところにいるか聞いても?」
「む? なんの話だ」
秋風疾風はコミック特有の思案顔で事情聴取する様にリズベッドへ語りかける。
まるでその正体を把握している様に。
「君のロールプレイは設定が甘い。僕ほどに作り込むにはそれなりに時間がかかるのさ」
「いつから気がついていた?」
「変に少年が煽ってきてからかな。まるで僕の知り合いがいる様な態度で、活躍しろとばかりに話を振る。これはきっとやらせだなと思った。いつもだったら我先にと突っ込むから、あの人」
「ふふ、そうだな。そう言うところは貴方もそっくりだ」
「それで朱音、この秘境探検隊、他のメンツもご近所さんだったりする?」
「バレてしまっては仕方がない」
「ないー」
秋風疾風の指摘に対し名乗りを挙げたのはホークアイとカレイドの二名だ。
「いつも神保金物店をご利用いただきありがとうございます」
「ぬっ!? まさか雛乃か!」
「あとあたしもだよー」
「紘子まで! だからハヤテ君はワシらを呼んだんじゃな。急にレシピを送ってよこして何かと思ったが、そう言うことじゃったか」
「ちなみに前回までサプライズ仕掛けたのはオレ達だった。けど今回はまんまとやられたよ」
「あの人はやられたら倍返しでやり返す人だから。特に余計なお節介ほど張り切るからね。覚えておくと良い」
「その様だ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだな」
「だねぇ、付き合い長いけどあの人を題材にして小説書いたら単行本10冊で足りるかどうかわかんないよ。それと絶対に主人公にしたくない。プロット通りに動いてくれなさそうだもん」
「それは確かに……」
秋風疾風は特に口調を崩すことなく、ロールプレイを維持したまま会話を進める。リズベッドもそうだ。
まるでそれが夫婦の会話である様に、お互いのスタンスで語り合う。
一方ダグラス一家は騒がしいほどに褒めちぎり合う。
「流石お父さん! よくあれが錫杖だって分かったね。あたしはすぐには思い付かなかったよ」
「昔実物を触ったことがあるんだ。フレームが歪んだとかで打ち直して欲しいと発注を受けた。だからかな、知っていただけだよ」
「昔ってどれくらい前?」
「そうだなぁ、紘子が生まれる前だ。まだ私が親父から店をついだばかりの頃だよ。あの頃は何でもかんでも吸収しようと金槌を振っていたからね。それが今役に立つとは思わなかったな」
「そんな昔のこと覚えてるなんて凄いね」
「そうかなぁ」
「そうですよ。貴方は凄い。もっと自信を持って宣伝して回っても良いんですよ?」
「それは勘弁してくれ」
ロールプレイを崩し、リアルで会話する様に語り合う。
一方で堅苦しい会話劇が広げられる中、ダグラス家は仲睦まじい様子だ。
なのに何故家庭が冷え込むのか?
それは単にのめり込みすぎてしまうからであった。
「そうだ紘子、陣営はどこにした?」
「あたしはまだ決めてないなー。お兄ちゃんはレムリアに行きたがってる」
「そうか。健介は向こうのほうが伸びそうだ」
ダグラスは寂しそうにしんみりとする。
自らがアトランティスを選んでる手前、娘にこっちに来いとも言い切れないのだ。
「あたしアトランティス行こうか?」
「良いのか? ではなく、そこは慎重に決めなさい」
「良いよー。アトランティスならお父さんと一緒だし、お母さんだって一緒だよ? 嬉しいでしょ?」
「ん、そりゃあ家族一緒の方が嬉しいさ。父さんは寂しがりやだからな」
「貴方は放っておくとずっと篭りきりになりますからね。でも外に強引に引っ張り出してくれる人が居る。それが見れて安心したわ」
「ハヤテ君には負けられんからなぁ」
「それでもう少し注意に目が向けば良いんですけど」
「面目ない。しかしどうしてまたそんなロールプレイでゲームを?」
「普段の素を出すのって恥ずかしいじゃないですか。その時に長井さんに誘われて一からキャラ作って遊んでみようって誘いが来たんです。当初は全然見えないって指差しあってたんですよ。今ではすっかり慣れてしまいましたが、それでも見抜く人は一眼で見抜いてしまうんですね」
雛乃ことホークアイは秋風疾風に視線を送った。
向こうも見られていることに気がついたのだろう、笑顔を絶やすことなく近づいてくる。
「さて、少年は勝てると思います?」
機関車の窓の向こう、ヒュプノが二体並んで相撲をしている。
秋風疾風はシステムを弄って現在配信中のチャンネルを呼び出した。
特等席と言っておきながら、配信カメラ越しの方がよく見える。
「そうじゃのぉ、普通なら無理じゃが、ハヤテ君じゃからな。きっと勝つじゃろう」
「信頼しているんですね」
「勝つ、と言うよりは勝って欲しいじゃな。ワシは一度ハヤテ君のビルドを聞いて将来性が無い、すぐに詰むと思っていた時期があった。そのことで健介や紘子にも語ったことがあるな」
「うん、言われたね。鍛治をやるならドワーフ以外ありえないって。でもあたしはお父さんじゃないから、あたしなりの鍛治の道を進もうと思ったの」
「そうじゃな。それで良いんじゃ。ワシはどうも自分のやり方を他人に押し付けるきらいがある。だから一人の方が楽だと逃げ出した。しかしクランに誘われてから今まで付き合って来れたのもまたハヤテ君のおかげでな。あの人はなんていうか不思議な魅力を持っておる。一緒にいて楽しいし、そして良き理解者として接してくれる。最初飛空艇を造船すると聞いた時は胸が躍ったもんじゃわい。その代わり結構な無茶振りもしてくるけどの」
「あっはっは。まぁねぇ、彼は無理無茶無謀をなんとも思ってない。本当に見ていて危なっかしい人だよ。だからついつい手を貸してしまうんだろうねぇ」
「貴方がそんなふうに他人を語るのなんて初めてだな、いつもは自分のことばかりだろう?」
「なんと言っても彼は変わり者の僕の親友だった男だよ? 僕が中学生時代に一人ぼっちじゃなかったのは彼のおかげさ。うちの家庭は引っ越しが多くてね、少・中・高と地方を飛び回っていたよ。でもね、大人になってからこの地域にきたのはやっぱり彼がいるからなんだなって」
「それだけの思い出があったんですね」
「不思議な人だよ。とても身勝手で他人を振り回すのに躊躇がない。なのに彼の周りには人がたくさんいるんだ。当時は純粋に羨ましいと思ったね。僕もこうなりたいと。そこでお勧めされたコミックが少年探偵アキカゼだった。その日から僕にとって少年探偵アキカゼ僕のバイブルになった」
「昭恵さんからはいつも愚痴ばかり聞いているんですけど」
「うん、楽しそうに話すんだよね彼女。今日こんなことがあった。たったそれだけなのにそこに皮肉をたっぷり込めて愚痴をこぼす。聞いてる方は耳が痛いんだけど、愛されてるなって分かるんだ」
「あ、なんだかんだと勝ってますね」
「ソロ達成初めてらしいですね。なんかコメント欄で騒がれてます」
窓の外の風景では光の粒子になって消えるヒュプノと勝ち誇る巨大なカエルの上に仁王立ちする噂の中心人物がいた。
「ですね。実はそこまで見てなかったんですけど、適当に誉めておきましょう」
「それで良くコメントを送ろうと思えるの?」
秋風疾風のあんまりな言葉にダグラスは表情を引き攣らせる。
「勝つって信じてました。これだけで良いんですよ。それで納得してくれますので付き合いやすいんですよ」
「本当に秋風君はハヤテ君そっくりじゃの」
「そうですかね? 似せてるんでそう言っていただければ嬉しいです」
「普段はこの人こんなにハキハキ喋らないんですよ? アキカゼさんの前でだけ元気なんです」
「あ、こら朱音! 余計なことを言わなくて良いから」
「どっちもどっちじゃな」
「ええ、そうね」
「それでお父さん、陣営の話なんだけど、お兄ちゃんもアトランティスに呼んでも良いよ」
「呼べるのか? あいつは結構頑固なところがあるから」
「本当はお兄ちゃんだってお父さんに認めて欲しいんだよ。だからお父さんから頼み込めば来てくれるよ」
途端に呻くダグラス。自分が頭を下げるとなると話が変わってくると言いたげだ。
「あなた、もう良い加減に認めてあげてくださいな。あの子はあの子なりに頑張ってますよ。それに良い加減に結婚してもらわないといけませんし。紘子もよ?」
「ゔ、お母さん今その話する?」
「しますよ。貴女も良いお年頃なんだから家庭に入って孫の顔を早く見せて頂戴。うちがビリッケツなのよ? 周囲からの孫自慢が騒がしいたらありゃしない!」
「ダグラスさん、覚悟を決めましょう。なーに、僕も付き添いますから」
「この人絶対面白がってますよ? 息子が結婚した時も何故か息子を殴りましたし。普通逆でしょうと」
ホークアイからの追及にカレイドがとばっちりを受け、秋風疾風がさらに油を注ぐ。
このまま放置すれば炎上どころの騒ぎじゃないと気がついたのか、ダグラスは重い腰を上げる様に短くつぶやいた。
「分かった。健介の事はワシに任せろ。孫の顔も見たいしの」
◇
配信を終えて二組の家族と合流すると、良い感じに打ち解けていた。やはり同じ空間に放り込んだのが良かったのだろう。
悪ノリをしている探偵さんと、変に緊張しているダグラスさんが妙に気になるけど何かあったんだろうか?
何はともあれ一歩前進かな?
クランのわだかまりを払拭するのはクランマスターの務めだしね。ここから先は彼ら次第だ。
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