74.世界の窓からこんにちは

『なんだと……⁉ 貴様‼ 我が魔剣をどこにやった⁉』

「焦るな。お前の剣は、別に無くなっちゃいないさ」


 ロッシュが指を鳴らすと、ズズズと音を立てて、彼の至近に、なにやら空間の亀裂のようなものが生じ始めた。


 そしてその亀裂の中から、今ほど魔装王が放ったはずの魔剣が、鋭い切っ先を覗かせていた。


 ……ちなみにその空間亀裂は、ちょうどロッシュの下半身の辺りに生じていたため、正面から見ると、まるで彼の股間から魔剣が生えているような、悪魔的光景が完成していた。


「ほら、ここにあるだろう? 安心するといい」

『……なんだ、その魔法は⁉ これは一体、どういうことだ⁉』


 カオスブグレは混乱の極みにあったが、カディルやアイナもまた、ロッシュが使った謎の魔法に当惑していた。


「師匠、あれは……?」

「うむ……。可能な限り視界に入れたくない光景じゃが、間違いない。あれは……『異空間魔法』じゃ」


 カディルの言葉に、トレンチロッシュはブルルンとうなずいた。


「さすがはじいさんだな。その通り。魔力で空間にゆがみを生じさせ、そこに俺だけが使える異空間スペースを複数創り上げた。魔剣がぶつかる直前にその空間の一つを開いて、内部に剣を閉じ込めたのさ」

「異空間魔法の理論は、ワシも研究したことがあったが……習得難易度があまりにも高く、とても実用化には至らなかった。まさかそれを独学で身に着け、これほど見事に使いこなすとは……」

「最近は呪いのせいで魔法もロクに使えなかったはずなのに、どうやってこんな高難度魔法を……」


 アイナが呟くと、ロッシュは空中で爽やかに笑った。


「そうだな。さすがの俺でもこの魔法の習得は困難を極め、いくら訓練を重ねても、中々発動に成功しなかった。……だが、アイナ。お前のおかげで、大事なきっかけを掴むことができたんだ」

「わ、私のおかげ……?」


 一体なんのことかと、アイナは首をかしげた。


「ああ。俺が魔王の鎧の呪いにかかったあの日……お前に、股をいてもらっただろう? あの時、鎧の隙間からし込まれた孫の手の刺激が、俺の脳内に素晴らしいインスピレーションを与えてくれたんだ。あれをきっかけにして、異空間に手を突っ込み、物を出し入れする感覚をマスターすることができた、というわけさ」

「よりにもよって、なんでそんなことがきっかけになってるの‼」


 アイナは顔を赤くして叫んだが、二人の会話を聞いた人々は、「あらまあ。これは、今夜はお赤飯かしらね。うふふ(マーサ)」「ほー。最近の若い子は、ずいぶんマニアックな方法でイチャついてるのね~(マリナベル)」「ううむ……殿方の股間に孫の手を突っ込むとは、なんと挑戦的な。吾輩もぜひ、その恩恵に預かりたいものでござる……(見知らぬ兵士)」などと、好き勝手に盛り上がっていた。


『異空間魔法だと⁉ だがそんな魔法だけで、多量の呪力を帯びた我が魔剣を、人間如きに封じ込められるはずが……‼』

「確かに、以前の俺なら闇のエネルギーを制御しきれず、封じ込めには失敗していただろう。だが、あの鎧に身をむしばまれ、苦しみ続けた影響かな。いつの間にか魔力だけでなく、呪力のコントロール方法も、自然と身に着けていたようだ」


 そう言ったトレンチロッシュの裸体のあちこちから、黒いもやのような呪力のエネルギーが、ヌルヌルと染み出してきた。


「なんじゃと……! 魔族や一部の魔物しか扱えぬ闇魔法の呪力を、人間が操れるようになるとは……! そんな話、聞いたこともないぞ⁉」


 カディルは、大量の靄をモザイクのように漂わせる裸コートの孫に、驚愕していた。


「俺的にはコツを覚えれば、聖魔法より闇魔法の方が遥かに扱いやすいな。漆黒の夜を愛する俺の嗜好しこうにも、闇魔法は相性がいいようだ」


『ふざけるなよ、この変質者が‼ …………っ、な、なんだ⁉』


 そこで突如、魔装王の体に変化が生じ始めた。


 魔王の鎧から多量の呪力を得て巨大化した肉体のあちこちに、不思議な刻印が次々浮かび上がり、青い光を放って輝き出す。


 その光が強まるにつれ、魔装王の動きは鈍くなってゆき、やがて自らの体の重みに耐えかねたように、地面に膝をついて倒れ込んでしまった。


『なんだ、この光は⁉ 我が闇の力が、弱まっているだと⁉ 力が……力が、抜けていく……‼』

「どうやら、そちらも成功したようだな」


 言いながらロッシュは悠然と、魔装王の姿を見つめていた。


『貴様……一体なにをした⁉』

「お前の体にはなにもしちゃいない。ただ、お前が吸収した鎧の方に、ちょっとした細工をさせてもらったのさ」

『さ、細工だと⁉』

「ああ。思えば俺はその鎧に、ずいぶん苦しめられた。呪いで脱ぐこともできず、魔法を使うこともできず……。だが、裸の上に直接装着していたのが、不幸中の幸いでな。鎧の闇の効力を中和し弱めるため、俺は自分の体から分泌されるに魔力を込めて、少しずつ鎧の内部に染み込ませていったんだ」

『な、なんだとおおおおっ⁉』


 驚愕の事実に、魔装王は叫んだ。


「まあ、完全な思いつきでやったことで、俺が鎧を着ている間は魔法も詠唱できなかったから、結局役には立たなかった。だが今はこうして、晴れて自由の身となったからな。お前が吸収した鎧にたっぷり蓄積されていた体液の魔力を利用して、呪力を抑え込む特製の邪封じゃふう魔法を発動したんだ」

『なっ……‼ さっきから鎧を通して感じる不快感は、そのせいか⁉ くそおお、動けん‼ しかも、あちこちヌルヌルして、気色が悪いいいっ‼』


 動きを封じられた魔装王が、不快感もあらわに叫んだ。


「はっはっは! 俺のスペシャルな魔力を、ねっとりぬっちょりと味わうがいい‼」


「発想は大したものじゃが、なんとおぞましい技を使うんじゃ、あいつは……」

「ねっとりぬっちょりってなによ……」


 カディルとアイナは、汚らわしいものを見るような目つきで呟いた。

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