73.これが、我が完全体だ

「ああ……。この素肌を吹き抜ける、涼風すずかぜと光の心地よさ。なんと素晴らしい感覚だろうか。ようやくあるべき場所に、あるべき姿で帰ってきた。そんな気分だ……。まごころを、キミに……」


 夢見る少年のように瞳を輝かせたロッシュが、凛々しくもどこか耽美たんびな声でうたい上げた。


「アホなこと言ってないで、なにか着なさい‼」


 そんな夢見る全裸青年の頭部に、魔法の光球が命中クリーンヒット

 放ったのは無論、彼の幼馴染、アイナ・アーヴィングだった。


 師匠のカディル共々、魔装王まそうおうの攻撃に巻き込まれかけた彼女だったが、マリナベル女王が全員を抱えて超速離脱したことで、どうにか巻き添えを回避していた。


「どこまでワシの頭を痛めれば気が済むんじゃ、あの馬鹿は……」


 同じく無事だったカディルが嘆きながら、ガクリと肩を落とした。


「あらー、若い身体を惜しみも無く……。魔法使いにしてはいい身体してるじゃないの、あの子」


 そんなカディルの横では、マリナベル女王がニマニマと笑っていた。


『我が最大の攻撃を受けて無傷だと⁉ そんなことが、あるはずが……』


 ロッシュの消滅を確信していた魔装王は、彼の雄々しい全裸姿を見て瞠目した。


「確かに凄まじい攻撃だった。だが、魔王の鎧の頑強さが、お前の攻撃威力をだいぶ緩和してくれたようだな」


 まごころ全裸ロッシュは、言いながらファサアッと前髪をかき上げた。


「それに土壇場で魔法障壁を張るのは、もう慣れっこでね。鎧に亀裂が入った瞬間、魔法が使えるようになったから、ギリギリ発動が間に合った。このスリルもまた、ゾクゾクしてクセになりそうだな……」

「どうでもいいから、早く服を着ろおおっ‼ ツヴァイネイト家の恥を末代まつだいまでさらすつもりか、おのれは‼」


 間一髪のスリルに身悶みもだえするロッシュに、怒声を張り上げるカディル。


 と、そんなカディルの元に、二頭の馬が素早く駆けつけてきた。


「カディル様、遅くなりました」

「エリーゼさん! それに、シンリィも!」


 馬に乗って現れたツヴァイネイト家のメイド二人に、アイナが声を上げた。


「はぁはぁ……ようやく追いつけました……って、ぎゃあああっ‼ 裸の変態が宙に浮かんでるううっ‼ まさか、あれが魔王ですか⁉」


 息を荒くしたシンリィが、空中に浮かぶまごころ露出狂の姿を見て奇声を放った。


「落ち着きなさい、シンリィ。あれはただの変態若様です。……やはり屋敷にいらっしゃったのは、マリナベル女王陛下でしたか」


 屋敷を訪れた老婦人の正体に納得したエリーゼが、そう言って馬を降りた。


「どうやら鎧の呪いも解除できたようですが、呪いが解けて早々に全裸とは……。いつものことながら全くりていませんね、若様は」


 パキポキと指を鳴らして殺気をみなぎらせるエリーゼの迫力が、上空のロッシュにも伝わってきた。


「おやおや、エリーゼがご立腹だ……。せっかく窮屈な呪いから解放されたというのに、こんな所でまた裸封法衣ヌグナリオを着せられたりしたら、たまったものじゃないな。……だが、いつも敵の攻撃を受けて全裸というのも、ワンパターンすぎてきょうぐか。……シンリィ! 『例の物』は持ってきてくれたか⁉」

「えっ⁉ ふぁ、ふぁいっ‼」


 浮遊するフローティング露出狂に名を呼ばれたシンリィの声が、思わず裏返った。


「では、それを俺に向けて投げてくれ‼ それとも、俺がそっちまで飛んでゆこうか?」

「ひいいっ! 絶対に来ないでください‼ え、えーいっ‼」


 心の底から拒絶を示しつつ、シンリィは手元に抱えていた荷物を、浮遊する変態に向けて放り投げた。


 丸められた布地のようなそれを、空中でナイスキャッチして、両手で広げるロッシュ。


「こんなこともあろうかと、縫製を頼んでおいて正解だったな……」


 ロッシュが受け取ったのは、厚手のベージュ色の生地に、やや大きめのえりとボタンを備え、膝下あたりまでの長いたけを有した、一着の上着だった。


 それはまさに、彼が転生する以前に愛用していた「トレンチコート」そのものだった。


 そして、ロッシュはそのとっておきの衣装を、全裸の上に直で装着して見せた。


「ああ……。やはり裸体の上に羽織るのは、トレンチコートに限るな。懐かしさのあまり、郷愁すら感じさせる……」


 ロッシュはどこかサウダージな吐息を、フッと吐き出した。


 するとその吐息に合わせるように、股間に張り付いていた最後の鎧の欠片が、ポロリとがれ落ちていった。


 トレンチコートを羽織ったことで、遠目には全裸でなくなったロッシュだが、前面のボタンは一つもめていないフルオープン状態で、その隙間からは彼のセクシーな裸体が、チラチラリンと覗き見えていた。


「ちゃんとボタンも止めなさいよ‼ それじゃ、服着てる意味無いでしょ‼」

「ふふふ……最高だな。このまま戦場をくまなく往来して、うら若き乙女たちに露出の啓蒙活動をり行いたいところだ……」


 思わずツッコむアイナと、ロマンスに酔いしれるロッシュ。


「あああ、珍しく若様が『外出用のコートが欲しい』ってデザイン画まで描いてお願いしてきたから、丹精込めて縫い上げたのに……」


 丹精込めて縫い上げたコートを裸の上に羽織られて、落胆するシンリィ。


『なにをブツブツ言っている‼ ふざけた格好をしおって‼』


 そこで激昂したカオスブグレが、巨大な魔剣を再びロッシュに向けて放った。


「おや。自ら武器を手放すとは愚かだな、魔装王」

『………っ⁉』


 カオスブグレは、自らの目を疑った。


 裸コートの変態人間に向けて投擲された、強大なる魔剣スヴェデ・ツラグヌヴォーコ。


 その魔剣が、ロッシュの胴体に突き刺さる寸前で、フッと消失してしまったのだった。

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