72.天の使者、降臨す
「な、なんて力なの……」
魔剣が放つあまりのプレッシャーに、アイナはたじろいだ。
『これが我が魔剣『スヴェデ・ツラグヌヴォーコ』の、真の姿だ‼ カディル・ツヴァイネイトの孫と言ったな? 祖父共々、忌々しい男だが……ここで兄者の鎧を取り戻すことができるのは
「おいおい……そんな攻撃をぶつけたら、この鎧も壊れるんじゃないか?」
魔剣の猛悪な波動を前にしても、ロッシュは全く動じていなかった。
『我にとって重要なのは、鎧に蓄積された多量の呪力だ‼ 鎧が破損しようとも、
そうこうしている内に、魔剣から
「いかんぞマリナ‼ あの攻撃を食らったら、今のロッシュはひとたまりもない‼ 急いで奴を倒してくれ‼ この場でそれができるのは、もうお前だけじゃ‼」
「無茶言わないでよ、カディル。聖剣無いのにあの攻撃止めるのは、さすがの私でも厳しいわ。あーせめて、私があと十歳くらい若かったらなあ……」
「こんな時ばかり年寄りアピールするな‼」
『消え失せろ‼
カオスブグレの叫びと共に、闇の力を凝縮した巨大な魔剣が、ロッシュに向けて放たれた。
逃げる間も無く超速で飛来する、魔装王の化身たる黒刃。
その究極攻撃は、鎧を纏ったロッシュの元に
吹き荒れる烈風と、周囲の山々より遥か高所へと舞い上がる、黒灰色の爆雲。
一撃で戦場の大面積を焦土と化せしめた魔装王の本気の攻撃威力に、人々は絶望の表情を浮かべることしかできなかった。
「なんという攻撃だ……。ロッシュは⁉ それに、カディル様やマリナベル陛下は⁉」
後方部隊の防御魔法で難を逃れたジークが、声を大にして叫んだ。
ロッシュだけでなく、その近くにいたカディル、マリナベル、アイナらの安否も、視界を大量の爆煙に覆われた状況では、確認のしようが無かった。
『愚かな連中が……』
やがて黒煙の中から、重低音の声と共に魔装王が姿を現した。
そして、そこからやや離れた地面には、先ほどまでロッシュが纏っていた、
だが、当のロッシュの姿はどこにも見当たらず、魔装王の攻撃を受けてあちこちを無残に砕かれた鎧だけが、巨大な抜け殻のように
「ロッシュ……。そんな、馬鹿な……」
ジーク王子が、愕然とした表情で呟いた。
「あのロッシュを、一撃で……」
「こんなの嘘だよ、ロッシュ先輩……」
「…………」
騎士科のカイン、ココロ、フィーリらも、信じがたい思いで息を呑んだ。
一方、憎むべき人間たちを一掃した魔装王は、一人満足そうに、兜の中で口角を釣り上げた。
『ふふふ……これで、ダークヌゲヌ・カタヴィは我の物となった。この鎧に込められし呪力を吸収すれば、我が闇の力は、数倍以上の進化を遂げるだろう‼』
言い放ったカオスブグレは、砕かれた鎧の元へ歩み寄り、その残骸を手に掴む。
すると、魔王の鎧の破片は、まるで液体にでもなったように形を崩し、魔装王の掌中へ、ズブズブと音を立てて吸い込まれていった。
『おお……さすがは、魔界最強の鎧だ‼ 無尽蔵とも言える呪力が、我が体内を満たしてゆく……‼』
悦に入ったような声に続き、魔装王の体躯が、見る見る内に変貌し始めた。
元々魔装王が纏っていた黒い鎧は、その装甲を一層強固にしてゆき、二本だった腕が四本に増え、体のサイズもどんどんと巨大化していく。
やがて、体長十メートル近くにまで達した魔装王は、全身から放たれる殺気と鬼気によって、ローヴガルド、ラスタリア全軍の兵士たちを総毛立たせた。
『どうやら今の攻撃で、剣姫やカディル・ツヴァイネイトも共に消え失せたようだな。呆気ないものだが、これで我が覇道を阻む者は、この地上からいなくなった。残った兵士など、もはや烏合の衆に過ぎん。我が力で、一人残らず抹殺してくれよう!』
究極体と化した魔装王が、邪悪な笑みを浮かべて宣言した、その時――
「なにを勝手に、終わった気になっているんだ?」
『⁉』
そこで激しい風が吹きつけて、周囲を漂っていた炎と煙が綺麗に吹き払われた。
そして煙が晴れた先では、声の主……ロッシュ・ツヴァイネイトが、フワフワと宙に浮かんでいた。
「ロッシュ‼ 無事だったの……か……」
「キ……キョアアアアアアアアッ⁉⁉」
言葉を途切れさせたジークに続いて壮大な金切り声を放ったのは、生徒会の後輩、ココロ・フィジョースだった。
空中に姿を現したロッシュは、先ほどまで全身を覆っていた呪いの鎧を破壊されたことで、彼が長らく求めてやまなかった姿……すなわち、自由と
……ただしその股間だけは、
そんな股間魔王モードのロッシュは、暗雲の間から差し込む陽光を浴びて、まごころに満たされた自らの裸体を、
彼の背中で乱反射した光が純白の翼のように空へと広がる情景は、まるで神話の天使が地上に降臨した姿にも見えた。
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