71.無自覚の発言が、相手を怒らせることもある

「そうじゃ……。五十年前の戦いで、鉄壁の防御力と巨大な呪力を誇るあの魔鎧まがいを失わせることで、ワシらはダークハドリーを倒すことができた。剣姫戦争終結後、誰の目にも触れぬよう、超強力な魔法をほどこして屋敷の地下深くに封印しておったのに…………なんでよりによって、ワシの孫がそれを身に着けておるんじゃ⁉」


「まあその、あれだ。実はちょっとしたアクシデントで、シンリィが屋敷の地下に大穴を開けてしまってな……」


「どうせお前がセクハラまがいの変態行為に及んで、シンリィの正当防衛で地下に穴が開いたんじゃろ‼ それから、りずに変態行為を繰り返したお前がシンリィに吹っ飛ばされて、ぶつかった拍子に鎧がはまって抜けなくなったとか、そんなとこじゃろうが‼」

「おお、まるで見ていたかのような大正解だ……」


 祖父の見事な推理力に、ロッシュは思わず感心してしまった。


「ああ、思い出しました。そういえば魔王の鎧ですね、あれ。どうりで私の聖魔法でも、解呪ができなかったわけです」

「ちょっ、忘れとったんかい、マーサ‼」

「あー、確かに。どこかで見たことあると思ったのよねー」

「お前も忘れとったんかい、マリナ‼」


 かつての仲間二人のうっかりコメントに、カディルは声を上ずらせた。


『ダークヌゲヌ・カタヴィは、まさに魔界の至宝。その鎧に込められた膨大な呪力があれば、封印門ゲートを破るために消費した我が力を、さらに強化することができる……』


 嬉々として語るカオスブグレだったが、そこでふと、語調を変化させた。


『だが、これは……どういうことだ? なぜただの人間如きが、兄者の鎧を身に着けて、無事でいることができる?」

「全然無事じゃないんだが……。脱ぎたくても脱げないし、鎧がどんどんデカくなって、重くなる一方だし……」


 ロッシュは、不満げな表情で答えた。


『馬鹿な……。特級の邪気に満たされたダークヌゲヌ・カタヴィを人間が装備したりすれば、精神を闇の怨念におかされて発狂し、呪力で肉体が腐り果て、骨すら残らぬはず‼ その程度の症状で済むわけが……』

「その程度とはなんだ。身体も動かせず、一日中『呪い殺す』とか『滅びろ』なんて声がガンガン響いてきて、ここ数日寝不足なんだ。かなり被害を受けているんだぞ」

『小僧……。ダークヌゲヌ・カタヴィをまとって生きているのは大したものだが、貴様に用は無い。命が惜しくば、さっさとその鎧を我に差し出せ!』


 やや苛立ったように、魔装王が言い放った。


「そう言われてもな……そもそも自力で脱げないから、困っているんだ。それに、こんな重い物を素肌の上に直接装備しているせいで、中が汗でれてしょうがない。特に、股の辺りのかゆみが深刻でな……」


『……「素肌の上に直接」、だと?』


 ロッシュの言葉を聞いて、兜に覆われた魔装王のこめかみに、ピキッと巨大な青筋あおすじが立った。


「ちょっとロッシュ‼ 自分から火に油を注いでどうするの‼」

「だって、痒いものは仕方ないだろう、アイナ。それとも魔装王とやら。この鎧を脱ぐのを、あんたが手伝ってくれるのか? 正直俺としても、こんな悪趣味で薄汚れた鎧は、さっさと脱いでしまいたいんだ。古くてカビ臭いし、デザインも絶妙にダサいし……」


 魔装王の顔面にさらにピキピキピキッと、連続で青筋が立った。


「ロッシュ、もうやめてーーっ‼」


「それと、一つ気になっていたんだが……。五十年前、じいさんたちがこの鎧を魔王から奪ったということは、魔王はその後、すっぽんぽんになったということか? まさか、魔王を露出狂にしてしまうとは、じいさんたちもやるな……」


 そこで魔装王の青筋が、ブチンッと大きな音を立ててブチ切れた。


『貴様あああああああああっ‼ ただの人間風情が、魔王たる兄者を愚弄するかあああああああああっ‼』


 咆哮したカオスブグレの全身から、強烈な怒気と闘気が、一気に噴出した。


「なに敵をキレさせてるのよ、ロッシュ‼」

「だってアイナ、気になるだろう⁉ 戦いの最中、魔王が全裸になったかもしれないんだぞ‼」

「やかましいっ‼」


 怒鳴るアイナをよそに、マリナベル女王が「あはは」と笑いだした。


「懐かしいわねー。魔王の裸踊りは、ホント傑作だったわー」

「そんなこともありましたねえ、うふふ」


 そう言ってマーサも、にこやかに微笑んだ。


「ちょっ、マーサ先生⁉ ロッシュが言ったこと、本当だったんですか⁉」

「ええ。最終決戦でマリナが魔王の鎧の一部を砕いて魔法防御が低下した隙に、カディルが混乱の魔法を唱えてね。そしたら混乱したダークハドリーは、自分から鎧を全部脱いで、あっぱらぱーと裸踊りを始めてしまって……。心身共に無防備になった所を、マリナが聖剣で倒したのよ」


「あの時はお腹抱えて笑ったけど、カディルも酷いことするわよねー」

「まあ、あの頃はワシも、少々やんちゃだったからのう……。若気の至りというヤツじゃ」

「なんでちょっと照れてるんですか、師匠‼」


 照れ臭そうに頬を掻くカディルに、アイナがツッコんだ。


『この、憎らしい人間共がああっ‼ 我ら魔族を愚弄した罪は重いぞ‼』


 カオスブグレの怒声に続き、黒い魔剣が刀身から邪気をあふれさせ、徐々にその形状を変化させていった。


 やがて完成したのは、幾重にも波打ち、いびつな形状をした、凶悪な大剣。


 魔装王の巨体にも劣らぬ大きさと化した凶刃は、持ち主の手から離れるとひとりでに浮遊して、その刃をロッシュに向けてきた。

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