69.今度こそ、お待たせしました……って、あら?

「なんで聖剣を持ってこなかったんじゃ、お前は!」


 女王の超人的な剣技に、ローヴガルドの兵士たちは声も無かったが、その中で一人、カディルが叫んだ。


「だから、本国を出た時はこんなことになると思ってなかったんだってば。聖剣の手入れは、いつもキチンとやってるのよ? ラスタリアを出立する前日も、晩餐会のメインディッシュにきょうされた特大暴れ牛を解体した後、しっかり刃をいでおいたし……」

「そんな料理に聖剣を使うなっ‼」


 哀れな聖剣の使用用途に、カディルは頭を抱えた。


「魔法も付与していない剣で、ダークドラゴンをあれほど容易たやすく……。噂には聞いていたが、なんと桁外れの剣技だ。あれが、かつて世界を救った剣姫の力か……」

「女王陛下には何度かお目にかかったことはあったが、まさか実際に戦っているお姿を拝見できるとは……。とても、七十近い御年おんとしとは思えないな……」


 援軍の神官部隊の治療を受けて回復したカイン・レッドバースとジーク王子が、その技の威力に目を丸くしていた。


「さ、これでダークドラゴンは全部片付けたし、戦況も逆転。あとはあなたを倒すだけね、魔装王まそうおうとやら?」


 近くの兵から新たな剣を受け取ったマリナが、そう言ってカオスブグレの前に歩み出た。


『老いぼれの分際でここまでやるとは思わなかったぞ、マリナベル・ラスタリア。……だが、兄者を倒した聖剣無しで我に勝てると、本気で思っているのか?』


 魔装王が言うと、マリナは「うーん」と、顎のあたりに指を当てた。


「……ま、ぶっちゃけ難しいかもね。そっちもまだ本来の力は戻ってないみたいだけど、私の力も昔よりは衰えているし、今はカディルのサポートも期待できない。となれば、勝算は良くて五分ごぶってとこかしら?」

「マリナ⁉ お前……」


 あっさり告げたマリナの分析に、カディルは声を上ずらせた。


『やはりな……。ダークドラゴンをあれほど簡単に仕留めたのは予想外だったが、貴様も常時、あの力を発揮できるわけではあるまい? 逆に我が闇の力は、どんどん高まりつつある。このまま戦えば、すぐに貴様らの勝機はついえるだろう‼』


「そうね……そう思ったから私も、一応『保険』を用意しておいたのよ」


『保険……だと?』

 突然の言葉を受け、魔装王の語尾に疑問符が付いた。


「カディル。ここに来る前、ローヴガルドのあなたの家に寄ってきたんたけど、あなたの孫のロッシュが一人、置いてきぼりになっていたじゃない?」


 唐突に話を振られたカディルは、キョトンと頭を引いた。


「あ、ああ。なにやら、強力な呪いを受けたらしいな。ワシはそれ以前にローヴガルドを離れていたから、マーサたちと合流するまで知らなかったんじゃが……」

「あの子、全然動けなくなるくらい苦しんでいたわ。そんな状態でも、皆が命懸けで戦場に出ている中、自分だけなにも出来ないのが嫌だったみたい」

「そうか……。まあ普段は飄々ひょうひょうとしておるが、あれでヤツも意外と、責任感が強いからな……」

「そうみたいね。だから私、ここに一緒に連れてきてあげたのよ」


「…………なに?」

 マリナベルの言葉に、カディルは目を点にした。


「ええっ⁉」

 同時にアイナが、隣のマーサが驚くほどの大声を発した。


「ちょっと待て、マリナ……。ロッシュは今、とても動ける状態ではないと……」

「そ、そうですよ女王陛下‼ それに『連れてきた』って、ロッシュは今どこに⁉」


 動揺するあまり自らの名を名乗ることも忘れて、アイナはマリナベルに詰め寄った。


「あら? 私が到着するより先に、ここに着いていたでしょ? そうしないと間に合わなかったから……」

「……間に合わなかった?」


 その言葉に、カディルはピクリと眉を動かした。


「そうよカディル。全力で馬を走らせてようやく戦場に着いたと思ったら、あなたや他の兵士たちがピンチになっていたから、私、思わず……」

「……思わず?」


「あなたの孫を、ダークドラゴンに向けて投げ飛ばしたの」


「「…………はい?」」


 カディルとアイナの目が、再び点になった。


「いや、だから……あなたが魔装王にやられそうになっていたから、敵の気をらすために、私の馬の後ろに乗せていたロッシュの身体を掴んで、ピューンと放り投げたんだけど……」

「お前、一体なにをしとるんじゃ⁉」

「ダークドラゴンの頭を吹き飛ばしたあの攻撃、魔法とかじゃなかったんですか⁉」


 剣姫のまさかの攻撃手段に、カディルとアイナは愕然とした。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。多分ロッシュは、あの辺に埋まってるはずだから」


 マリナベルは、ダークドラゴンが頭を吹き飛ばされた余波で戦場に穿うがたれた巨大なくぼみを、クイッと親指でさした。


「ちっとも大丈夫じゃないじゃろ‼ 滅茶苦茶でかいクレーターできとるんじゃけど⁉」

「ちょっ、誰かー‼ ロッシュを掘り起こすの手伝ってーっ‼」


 アイナはクレーターに向かって即ダッシュしながら、周りの兵たちに協力を要請した。

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