67.お待たせしました! ……と思うじゃん?

 頭部を失ったダークドラゴンは、一瞬で物言わぬしかばねと化し、大きな振動と共に倒れ込む。


 ダークドラゴンの首を貫いた謎の攻撃は、そのまま流星のように地面へと着弾し、巨大なクレーターを生じさせていた。


「な、なんじゃ? なにが飛んできた⁉」

『この気配は……⁉』

 カディルと魔装王まそうおうは、同時に目を見開いた。


「今の攻撃…………まさか‼」

 後方にいたアイナは、突然の出来事に驚きつつも、目を輝かせた。


 絶体絶命の局面で放たれた、凄まじい攻撃。

 それは見事にダークドラゴンを貫き、カディルのピンチを救った。


 こんな絶妙なタイミングでこれほどの攻撃を放つことができる人間など、アイナには一人しか心当たりが無かった。


「ロッシュ‼」

 アイナは嬉々として、その名を叫んだ。


 やがて、攻撃が飛んできた方角から、馬にまたがった人間らしきシルエットが、ぼんやりと浮かび上がってきた。


「ふー、間一髪だったわねぇ」


「……え?」

 アイナは、ポカンと呟いた。


 その方角から現れたのは、彼女の幼馴染、ロッシュ・ツヴァイネイト……ではなく、薄汚れた外套がいとうに身を包んだ、しわくちゃ顔の老婆だった。


「だ、誰……?」


 アイナが言うと、老婆は馬上で腰を曲げながら、カディルに向けて手を振り始めた。


「……あ、カディル、久しぶり~。良かったわ、間に合って~」


 ……師匠の知り合い?


 親し気に手を振る老婆を見て、アイナはそう思ったが、当のカディルもまた、ポカンと呆気に取られた顔をしていた。


「いや…………あんた、誰じゃ?」


 そのリアクションに、老婆は「ええっ⁉」と、素っ頓狂な声を上げた。


 ……が、そこでポンッと手を打ち、「ああ~」と一言。


「しまった……そうよね。よく考えたら、この恰好じゃ分からないわよね。うっかり~」


 呑気に言った老婆は、ピタリと顔に手を当てると、なんとそこから自分の顔面を、


 正気を疑うような行動に、驚愕する一同。


 ……しかしよく見れば、それは本物の皮膚ではなく、ゴムのような素材で精妙に作られたマスクだった。


 さらに、馬から飛び降りると同時に、勢いよく脱ぎ捨てられる外套。


 その外套がフワサッと地面に落ちると、そこには一人の女性の姿があった。


 滑らかな金髪のロングヘアーに、赤と白を基調とした軍服の正装。


 先ほどまでのヨボヨボ顔と異なり、メイクもバッチリ決まった四十代ほどと思われる高貴な麗人が、凛とした姿勢で立っていた。


「マ…………マリナ⁉」


 その麗人の顔を見たカディルが、信じがたい物を見るような目で叫んだ。


「マリナって、まさか…………マリナベル・ラスタリア女王陛下⁉」


「「「「「ええええええええええええ⁉⁉」」」」」


 アイナに続き、多くの兵士が揃って驚声を放った。


 マリナベル・ラスタリアは、ローヴガルドの同盟国であるラスタリア神聖国を治める女王。


 すなわち彼女こそが、五十年前に魔王を倒した、かつての「剣姫けんき」その人だった。


「もー、お忍び用の変装したままだったの、すっかり忘れてたわー」


 変装を解いた女王は、どこか安穏とした口調で、自身の肩をグルグルと回した。


「け、剣姫マリナベル・ラスタリア……。本物だ……」


 兵士の一人が感極まって発した言葉に、女王は耳聡みみさとく顔を向けた。


「あら、『剣姫』なんて、久しぶりに呼ばれたわー。でも、さすがにもうお姫様って年でもないから、ちょっと恥ずかしいわねー。どうせなら、『剣の女王様』とでも呼んでちょうだいなー」


 少し照れたように言う女王だが、「姫」と呼ばれたこと自体は喜んでいる様子だった。


「し、師匠……。女王陛下って、師匠とそんなに年齢変わらないんですよね? なんであんなに若々しいんですか⁉」

「ラスタリア王家は代々長命の家系じゃが、その中でもあやつは特別でな……。一般人に比べて、見た目の老化も少しばかり遅いようなんじゃ」

「少しってレベルじゃないですよ‼ 下手すると、うちの親より若く見えるんですけど⁉」


 確かに姫と呼ぶにはいささかとうが立っていたが、そもそも彼女は、すでに七十近い高齢のはず。


 にもかかわらず、実年齢と比較してその外見はあまりに若く、衰えというものを全く感じさせなかった。


「マリナ、よかったわー。間に合ってくれたのねー」


 かつての戦友の一人であるマーサが、のんびりと友人に呼びかけた。


「あ、マーサも久しぶりー。ごめんね、着くのが遅くなっちゃったー」

「いいのよー。それにしても、あなたは相変わらず若々しいわねー。羨ましいわー」

「あらやだ、必死に若作りしてるだけよー。私ももう、立派なおばあちゃんだってばー」


 どこか嬉しそうに、キャピキャピと会話を始める、かつての英雄二人。


 そののほほんぶりに、周りの兵やカディルだけでなく、なぜか魔装王までが呆然としていた。


「マーサから手紙が届いたから、久々にあなたたちに会おうと思って国を出たのに、その途中で封印門ゲートが破られたって噂を聞いて、ローヴガルドまで馬を猛ダッシュさせたのよ~。でも、ローヴガルドに着いたら着いたで、あなたたちはもう出兵しちゃったっていうし……。結局この戦場まで、休む暇も無くまた猛ダッシュよー。まあおかげで、ギリギリ間に合ったけど……」


「マーサからの手紙……? ローヴガルドからラスタリアへの援軍要請を受けて、ここに来たんじゃないのか⁉」


 カディルが問うと、マリナベルは「ああ~」と相槌あいづちを打った。


「その要請は、私が国を出た後で届けられたんじゃない? でも、留守中の対応はちゃんと任せておいたから、そろそろ……」


「援軍が来たぞおおおおーーっ‼」


 そこで、タイミングを合わせたように、ローヴガルドの斥候から報告が上がった。


 報告に色めき立つローヴガルド軍の後方に、やがて、大量の騎兵と歩兵で構成された軍隊が姿を現した。


 その総数はざっと数千を超えており、多くの兵が「十字と白い盾」の紋章が刻まれた、青い軍旗を掲げていた。


 それは紛れもなく、ラスタリア神聖国の国旗だった。


「ああ、よかった。着いたのね」

 自国の軍隊の姿を認めたマリナベルが、満足気に呟いた。

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