66.もっともっと頑張ってよ、じいじ!

「いかん……このままでは‼」

『おやおや。よそ見はよくないな』


 複数のダークドラゴン出現で圧倒的不利となった戦況に、カディルは焦りをつのらせていた。


 だが、その援護には向かわせまいと、カディルへの攻撃の圧をさらに強める魔装王まそうおう


 強力な魔剣の斬撃をどうにかかわし、魔法で反撃を試みはするものの、大ダメージを負わせる隙を見つけることはできず、カディルの魔力も徐々に減少してきていた。


『「英雄」というのも、守るものが多くわずらわしいものだな。貴様が周りの戦況など気にせず、純粋な一対一で我と戦っていれば、もう少しマシな勝負になっただろうに』

「なにを……‼」

『だが、貴様が苦しむ姿を見られるのは喜ばしいことだ、カディル・ツヴァイネイト。ただ殺すだけではつまらん。どうせなら最大級の絶望を与えた後で、貴様の息の根を止めてくれよう』


 言い捨てた魔装王は、魔剣の切っ先をカディルではなく、ダークドラゴンの攻撃に逃げ惑うローヴガルドの兵たちへと向けた。


『恨むなら、自分以外の無力な存在を恨むがいい』

「‼ やめろ‼」


 カディルは叫んだが、無慈悲にも兵士たちに向けて、魔剣から強大な衝撃波が放たれた。


 その一撃によって、戦場に巻き起こる爆発と黒煙。


 ……が、この攻撃で命を落とした兵士は、一人もいなかった。


 全速力で兵たちの前へと回り込んだカディルが、即座に結界魔法を展開させ、ローヴガルド軍への直撃を防いだのだった。


『まだ雑魚をかばうか。自らを犠牲にしてまで……愚かしい男だ』


 魔装王は、あざけるように吐き捨てた。


 実際、味方への被害は防いだものの、魔装王の攻撃を完全に相殺できなかったカディルは、後方に迫るダークドラゴンの足元まで吹き飛ばされていた。


『弱者を守った挙句、自身はダークドラゴンに踏み潰されておしまい、か。つまらん幕引きだ……』


 カオスブグレが呟いたその時、兵士たちを追い立てていたダークドラゴンの一匹が、まばゆい閃光に包まれた。


 そして、閃光に続き放たれた極大の雷撃がその巨体を四方からおりのように囲み、閉じ込められたダークドラゴンは体をよじらせて耳障りな咆哮を放つ。


『これは……』


 やがて、稲妻の檻は超高出力の雷撃を放出して、ダークドラゴンの巨体を勢いよく爆散させていく。


 その魔法を放ったのは無論、ダークドラゴンの足元へと吹き飛ばされたカディル・ツヴァイネイトだった。


「まったく、年は取りたくないな。この程度でボロボロになってしまうとは、情けない限りじゃ……」


 土煙の中で身を起こしたカディルが、服の汚れをはたきながらゆっくり立ち上がった。


『しぶといな。まさかあの状態で、ダークドラゴンを一体仕留めるとは。だが、生きているならまだ楽しみようもある。五十年前に兄者を仕留めた貴様らへの恨みは、この程度では晴れんからな……』


 身も凍るような声で笑う魔装王を、カディルはキッと睨みつけた。


「五十年前、か……。どうやら魔界にいたという貴様の元にも、魔王ダークハドリーの最期については伝わっておるようじゃな」

『……む?』


 カディルの言葉に、カオスブグレはピクリと反応を示した。


「確かにダークハドリーは手強い相手じゃったが、最後はワシらに惨敗したからな。自慢の鎧をマリナの聖剣で砕かれ、さらには……。思い返すとあれは、なかなか傑作じゃったな」


『……黙れええええええ‼』


 それまで余裕を見せていた魔装王が、そこで急に、けたたましい怒号を放った。


「おや、どうした? せっかくだからこの戦場にいる皆に向けて、五十年前の戦いの結末を教えてやろうと思ったのに……」


 おどけるように言ったカディルに対して、魔装王の怒気はさらに増していった。


『カディル・ツヴァイネイト……‼ どこまでも、どこまでも不愉快な人間め‼ もう遊びはお終いだ‼ 貴様が余計なことを口にする前に、他の兵士もろとも消し飛ばしてくれる‼』


 咆哮と共に、魔装王の体から一際強大な呪力がほとばしり始めた。


 ……いかん。時間稼ぎのために挑発してみたが、逆効果じゃったか⁉


 怒りをあらわにした魔装王の剣に、見る見る闇の波動が満ちてゆき、その直上の空までが、不穏な黒雲で閉ざされた。


『消え去れ‼ 魔道暗黒消滅剣ダークバニッシュメント・クラッシュ‼』


 そして放たれる、魔装王の一撃。


 遠くに離れていたアイナたちは、ダークドラゴンの体より遥かに巨大な漆黒の波濤はとうが大地を縦断していく光景に、ただ愕然とするしかなかった。


 うごめく波濤は、その進行方向に群がる魔物たちを土石ごと飲み込んでゆき、まるで巨大な重機のように、平原の大地を根こそぎ削り取っていく。


 荒れ狂う暴風のようなエネルギーが過ぎ去り、やがて発散していくと、後には数百メートルにも及ぶ巨大なひび割れを残した地面と、草木を削られた荒野が広がっていた。


 そしてその荒野の中心には、強力な結界魔法を張って味方への直撃を防いだカディルと、彼の呼びかけで結界の後方に緊急退避した兵士たちだけが残されていた。


『まだ魔力を残していたか、このゴミ虫が‼』

「はぁ、はぁ……」


 咄嗟に襲ってきた特大攻撃をどうにかしのいだカディルだったが、そのために最後の魔力を使い果たし、ついに魔力切れを起こしていた。


「カディル‼ くっ……‼」

「マーサ先生‼」


 カディルたちを助けるため、同時に強力な防御魔法を展開したマーサも、戦場で広範囲の回復魔法を唱え続けたこともあり、限界が近づいていた。


 そして、力を失ったカディルをギロリと睨みつける、魔装王。


『最後の最後まで、我を苛立たせてくれたな……。だが、貴様の悪運もここまでだ‼ 死ぬがいい、愚かな魔法使いよ‼』


 怒りに満ちたカオスブグレの魔剣が、項垂うなだれるカディルに向けて突き付けられた。


「師匠ーーーーっ‼」

 アイナは叫んだが、もはや助けに入ることは間に合わなかった。


 お願い、誰か……‼

 誰でもいいから、師匠を助けて‼

 誰か…………ロッシュ‼


 そんなアイナの祈りを無に帰するように、戦場に響き渡る轟音。


 ……だがそれは、カオスブグレの魔剣から放たれたものではなかった。


『⁉』


 カオスブグレがその轟音に顔を向けると、戦場を蹂躙じゅうりんしていたダークドラゴンの一匹が、その巨大な首から上を、遠方から飛来した何者かの攻撃によって、一撃で吹き飛ばされていた。

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