65.黄金剣……玉……いや、独り言です

『剣姫の軍勢がここに到着する前に、貴様らを全滅させてくれる‼』

「くっ……‼」

『さあダークドラゴンよ、人間共を蹂躙せよ‼』


 魔装王まそうおうの指示によって、山のような巨体を誇る三匹のダークドラゴンが、一斉に進撃を開始した。


 その口から連続で吐き出される、どす黒い毒のブレス。


 戦場各所を包み込んだ毒霧は、大勢の兵士たちを容赦なくむしばんでいった。


「ぐわあああああああああああっ‼」

「後退だ‼ 急いで後退しろおおーっ‼」

「こ、こんな怪物、一体どうすれば……‼」


 先ほどまで優勢だったローヴガルド軍は、巨大なダークドラゴン三匹の出現によって、あっという間に劣勢に追い込まれてしまった。


「マズイですね……」


 後方に控えていたマーサは即座に回復魔法を唱えたが、被害の範囲は先ほど以上に広く、全ての兵士をカバーすることは不可能だった。


「いかん……‼」

『どこへ行く? 貴様の相手は我だろう?』

「ぐっ‼」


 ダークドラゴンの襲撃を受ける戦線の救援に向かおうとしたカディルだが、無論、魔装王がそれを許すはずは無かった。


 降り注ぐ魔剣の連撃をどうにかいなし、魔法で防ぎはするものの、闇の力を増幅させた魔装王の攻撃はどんどん威力を増していき、カディルは完全に防戦一方となってしまった。


 そして、そうしている間にも、ダークドラゴンはローヴガルド軍の被害を拡大させてゆく。


狼狽うろたえるな‼ 隊列を乱しては、敵に付け入る隙を与えるだけだ‼ 各隊ダークドラゴンと距離をとりつつ、陣形を再編せよ‼」


 混乱する軍を叱咤するように、ジークが指示を発した。


 だが、暴れ回るドラゴンの力はあまりに強大で、そこに勢いづいた他の魔物たちの猛攻も重なって、ローヴガルド軍の陣形はあちこちに穴を穿うがたれ、徐々に連係を崩されていった。


 そしてジークの元にも、薄くなった陣形の間から、魔物たちが次々と押し寄せてきた。


「会長、ここは危ないから、もっと下がってください‼」

「そうです! こんな所にいたら、オークの群れにグフフと凌辱されちゃいますよー‼」


 フィーリとココロが、ジークをかばうようにして魔物たちの前に身を乗り出した。


「キミたち……‼」

「彼女たちの言う通りです、ジーク様‼ ここであなたまで倒れたら、ローヴガルド軍は総崩れになります‼ 魔物の対処は私たちに任せて、全軍へ指示を続けてください‼」


 騎士科首席のカインもそう告げて、押し寄せる魔物の群れへと向かっていった。


「はああああああああああっ‼」


 縦横無尽に剣を振るい、魔物を斬り伏せていくカイン。


 激戦が続いたことで彼もかなりの体力を消耗していたが、それでも剣を振ることを止めはしなかった。


 この状態が続けば、おそらくローヴガルド軍は全滅する。

 だがそんなことを、許すわけにはいかない。

 それにはまず、あのダークドラゴンをなんとかしなければ‼


「魔法部隊‼ 私の剣に、ありったけの雷魔法を込めてくれ‼」


 カインの言葉に、周囲の魔法兵たちは驚いたが、彼が振るう剣を見てその意図を察し、雷属性の魔法を一斉に放った。


 カインが父より受け継いだレッドバース家の宝刀、魔封剣まふうけん


 味方から大量の魔力を注ぎ込まれた歴戦の名剣は、その刃を鮮やかな黄金色に染めていった。


「うおおおおおおおおおおおおおっ‼」


 カインは雷火散る黄金の刃を手に、ダークドラゴンの足元へ素早く潜り込み、その巨体に全力で斬りかかった。


 峻烈な斬撃はダークドラゴンの前脚に直撃し、そこに大きな傷を刻むことに成功した……が、魔界から召喚された巨獣を仕留めるには至らなかった。


 むしろこの攻撃によって激昂したダークドラゴンは、カインを標的に定め、毒のブレスを容赦なく撃ち出してきた。


「ぐあああーーっ‼」


 カインはブレスの風圧で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「カイン先輩‼」

 とっさにカインの身を案じたココロだったが、ジークを守る彼女とフィーリの元にも、別のダークドラゴンが迫っていた。


「いけない‼ 会長、早く後方へ‼」

「私たちがあれを引き付けますから‼」

「だが! キミたちだけでドラゴンの相手など……!」

「いいから、早く下がってください‼」


 が、すでにダークドラゴンは口蓋を大きく開いて、攻撃態勢に入っていた。


 そしてジークたちにも向けて放たれる、ブレスの猛撃。


「きゃあああああああああっ‼」

「ぐっ‼」


 この攻撃によって、ローヴガルド軍の本陣までが、甚大な被害を受けてしまった。


「ジーク王子‼ ココロ、フィーリ‼」


 やや遠方でマーサの護衛に回っていたアイナは、顔を真っ青にして叫んだ。


 幸い、ジークは直撃を避けてどうにか無事だったが、ココロやフィーリはブレスを防ぐことができず、他にも多くの兵士たちが、毒を受けて地に倒れていた。


「これはいけません……」


 マーサは、聖魔法の回復範囲をさらに広めようとしたが、ローヴガルド軍の被害は拡大する一方で、兵士一人一人に割り当てられる治癒の効果も、徐々に弱まっていた。


 おまけに、ダークドラゴンの進攻ではずみをつけた他の魔物たちが、後方に控える回復部隊の元まで、一気に攻め込んできていた。


「マーサ先生は聖魔法の詠唱を続けてください‼ ここで回復部隊まで倒れたら、後がありません‼ 先生のことは、私がなんとしても守りますから‼」


 アイナはロッドを手に、マーサたち後方部隊を守るように、迫りくる魔物たちの前に立ち塞がった。


「アイナ、無茶はいけません‼」

 マーサはそう言ったが、アイナはその場から下がろうとしなかった。


「この先には、絶対行かせない‼ カサモ熱波のエール踊り手よシットゥ脅威をノフォーウノ断絶せよ…………ファイヤーウォール‼」


 アイナの詠唱によって炎の壁が広がり、後方部隊に襲い掛かろうとしていた魔物たちの足を、目前で止めることに成功。


 だが、迫る敵の数はあまりに多く、それが一時しのぎにしかならないということは、アイナ自身も分かっていた。


 でも、それでも……私がここで、敵を食い止めないと‼

 きっとロッシュなら、たった一人でも皆を守ろうと戦うはずだから‼


 決然と魔法を発動し続けるアイナだったが、そこに数十を超える魔物たちが、一気に押し寄せようとしていた。

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