64.やったと思うのはフラグなのじゃ

 ついに出てきたか、と、カディルは内心で舌を打った。


 できればラスタリア神聖国の援軍が到着するまで戦況の有利を保っておきたかったが、ここでダークドラゴンを召喚されたのは想定外だった。


 いたずらに兵の犠牲を増やすわけにもいかず、極大魔法を使って片付けたが、そのためにカディルは、かなりの魔力を費やしていた。


 魔装王まそうおうが前線に出てくるのも、まだ時間が掛かるものと踏んでいたが、カディルの実力をあなどれぬと認識した相手は、そんな甘い考えを許しはしなかった。


 この戦いで初めて剣を抜いた魔装王の全身からは、そこらの魔物など比較にならない呪力と、向き合った相手を串刺しにするような圧力がにじみ出していた。


 ……時間稼ぎのために奴と距離を取って戦っても、高威力の魔法を使い続けて、ジワジワと魔力を削られるだけ。

 ならばその前に、こちらから攻めるしかない‼


 即断したカディルは、浮遊魔法に風魔法を上乗せして急加速し、その勢いのまま、自ら魔装王の元へと飛び込んでいった。


『ほう……? 魔法使いの分際で、我に接近戦を挑んでくるか!』


 やや興奮したように、魔剣を構えるカオスブグレ。

 対するカディルは、杖の先端に雷の刃をまとわせ、それを両手で勢いよく振り下ろす。


 やがて衝突する、魔装王と英雄カディルの刃。


 衝突で生じた電光と空気の振動は、離れた距離にいたアイナやマーサの元にも、またたく間に伝播でんぱしてきた。


「師匠……‼」

 それを感知したアイナは、全身を戦慄わななかせた。


『貴様が、カディル・ツヴァイネイトか……。この魔力、ただの人間にしては大したものだな。五十年前にダークハドリーを倒したというのも、嘘ではなさそうだ』

「お主、カオスブグレといったか。剣姫戦争けんきせんそうではあいまみえなかった魔族じゃな。一体何者じゃ?」

『我と魔王ダークハドリーは、魔界における同族……言わば、血を分けし「兄弟」というべき存在だった』

「魔族の兄弟……じゃと⁉」


 魔装王の答えに、カディルは目を見開いた。


『魔界では、複数の魔族が何百年にも渡り、勢力争いに明け暮れていたが、次第にそれぞれが支配する領域は頭打ちになっていった。そこで我ら兄弟は魔界だけでなく、貴様ら人間共の住まうこの世界、ゼン・ラーディスに目をつけたのだ』


 魔装王は、黒い兜に覆われた眼の光を、スッと細めた。


『我が魔界の支配域を維持しながら、同時に兄のダークハドリーがゼン・ラーディスへと侵攻し、地上を我らの手中に収める計画だった、が……五十年前、剣姫の一党によって、兄者は無念にも、その身を滅ぼされてしまった』

「そういうことか……‼」

『貴様らに敗れ魔界へと逃げ帰ってきた他の魔族から、我は兄者の敗死を告げられた。おまけに兄者が地上に開いた次元の裂け目も、すぐに強力な封印で塞がれ……あの憎らしい封印を破るまで、五十年もの歳月を費やしたわけだ』

「そのまま、魔界で大人しくしておればよかったものを‼」


 目にもとまらぬ速さで刃をぶつけ合いながら、カディルは毒づいた。


『あの小賢しい封印は、貴様が創り上げたのだろう? 忌々しい人間め! ……だが、兄者に直接とどめを刺した、剣姫とやらはどうした? 貴様らには、五十年前の恨みをまとめて返さねば、気が済まんのだがな……』

「心配せんでも、すぐにやって来る‼ それまではワシと遊んでおれ‼」


 実際には、ラスタリアの援軍が戦場に到着する気配はまだ無かったが、カディルはそれを悟られまいと嘘をついた。


 ……だが、直接魔装王と刃を交えている内、カディルの脳裏に、一つの疑念が浮かんでいた。


 こやつ……ダークハドリーよりも、力が劣っている?


 その巨体と刃から放たれる威圧感や呪力は相当なものだが、実際に戦ってみると、五十年前に対峙した魔王の圧倒的な力と比較して、明らかな差が感じられる。


 このまま足止めできれば、ラスタリアの援軍も間に合うのでは……


『弱い、と思ったか?』


 そこで不意に、カオスブグレの振るう魔剣が、その剣速を増した。


「‼」


 黒い呪力を炎のように纏った刃を、間一髪で避けるカディル。


 が、完全に回避することは叶わず、カディルは片腕に、黒い炎によるダメージを負ってしまった。


「くっ……!」

「カディル!」


 この戦いで初めて浴びた攻撃にカディルは顔をしかめたが、ダメージはそれほど大きくなく、即座にマーサの回復魔法が発動して、傷を癒していった。


『貴様の推測通り、確かに我は今、全力を出すことはできていない。あの封印門ゲートの魔法術式を破壊するため、かなりの呪力を消費したからな』


 言いながらカオスブグレは、兜の奥の両目を怪しく光らせた。


『だが……それだけでなんとかなると考えるのは、浅慮せんりょが過ぎるな。残念ながら貴様も、五十年前に兄者と戦った時より力は衰えているのだろう? 逆に我は地上に出てから、徐々に本来の力を取り戻しつつある。時間が経つほど、不利になるのは貴様の方というわけだ』


 その言葉に、カディルは表情を曇らせた。


 ……やはり、そう上手くはいかんか。


 魔装王が言うように、五十年前の剣姫戦争時はカディルもまだ若く、孫のロッシュを遥かに凌駕する戦闘能力を有していた。


 だがそれでも、かつての魔王との戦いでは剣姫マリナベルと力を合わせる必要があり、現在はその魔王と同等レベルであろう相手と、たった一人、体力の衰えた状態で渡り合っているのだ。 


 ラスタリアの援軍が到着する時間を稼ぐため、決死の覚悟で戦いを挑みはしたが、突きつけられた現実に、カディルは冷たい汗を流した。


「カ、カディル様に傷を負わせた……」

「あれでまだ全力じゃないって、嘘だろ……? 剣の動きが、全く見えなかった……」


 二人の戦いを遠くで見守っていた兵士たちは、顔面蒼白になっていた。


『どうせなら、貴様と剣姫をまとめて始末したかったが、剣姫が姿を見せぬのなら仕方ない。こちらも少々、やり方を変えさせてもらおうか』


 そこでカオスブグレが片手をかざすと、戦場の各所に、巨大な黒い紋様が続けざまに浮かび上がった。


「これは……まさか‼」


 紋様からあふれる呪力に、カディルは不吉な予感を覚えた。


『そう。我は「ダークドラゴンが一匹」とは、一言も言っていないぞ?』


 そして紋様から次々とせり上がってくる、巨大な影。


 それは先刻、カディルが焼き尽くしたのと同じダークドラゴンで、その怪物が今、戦場に三匹同時で姿を現していた。

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