露出狂ファンタジア

６３．まだまだ頑張る、おじいちゃん

『人間共も、思ったよりやるようだな……』

　ローヴガルド軍の戦いぶりを見やり、魔装王（まそうおう）カオスブグレが呟いた。

　圧倒的規模と戦力を誇る魔物たちを前に、人間たちはすぐ劣勢に陥（おちい）ると予想していたのだが、むしろ現時点では、ローヴガルド軍が優勢。

　その勢いの中心となっているのは、間違いなくあの老魔法使い、カディル・ツヴァイネイトだった。

『こざかしい老人だ……だが、これならどうかな？』

　カオスブグレが黒鎧に覆われた手をかざすと、戦場の地面に突如、巨大な漆黒の紋様が浮かび上がった。

「な、なんだ⁉」

　やがて、紋様の中からズズズと音を立ててせり上がってきたシルエットを前に、ローヴガルドの兵士たちは顔を青ざめさせた。

　地中から現れたのは、全長十数メートル近い巨躯を誇る、一匹の黒いドラゴンだった。

　ロッシュたちが戦ったレッドドラゴンとは異なり、その背には翼を有しておらず、やや細長い鼻口と四肢で地を這う外貌から、特大の黒鰐（くろわに）のようにも見える巨竜。

「ダ……ダークドラゴンじゃと⁉」

　上空で黒い巨竜を視認したカディルが、驚愕の声を発した。

『魔界から引き連れてきた、とっておきの魔獣だ。さあどうする、愚かな人間共よ？』

　カオスブグレが愉快そうに言うと、召喚されたダークドラゴンが、その口蓋をカッと開いた。

「いかん、ブレス攻撃が来るぞ‼　魔法部隊、直（ただ）ちに防御障壁を張れ‼」

　カディルの指示で魔法部隊の兵士たちが身構えた直後、ダークドラゴンの口から、どす黒い霧のブレスが放たれた。

「「「うわあああああああっ‼」」」

　一部の陣営はどうにか障壁の展開に成功したが、それが間に合わなかった部隊は、ブレスの直撃を浴びて、甚大なダメージを被（こうむ）っていった。

「マーサ‼」

「わかっています‼」

　マーサは瞬（またた）く間に広範囲の回復魔法を唱え、兵士たちの傷を癒していく。

　だが、強い毒性を帯びたブレス攻撃のダメージは大きく、被害を受けた全ての兵に対して回復を行き渡らせることはできなかった。

「被害の大きい部隊を、後方へ下げるんじゃ‼　治療班は後退した兵士たちの回復に当たり、各隊長は、急いで部隊編成を立て直せ‼」

　混乱する地上の前線へ降り立ったカディルが、素早く指示を下した。

「『後方に下げる』とおっしゃっても、このままでは前線の攻撃力が著しく低下します！　ダークドラゴンの対処はどうするのですか⁉」

　たまたまカディルの近くで戦っていたカインが、声を大にして問いかけた。

「ひとまずあれは、ワシがどうにかする」

「まさか、あの巨竜の相手をお一人で⁉」

「まあ、任せておけ」

　それだけ言うと、カディルは再び浮遊魔法を使って、ダークドラゴンの直近へと飛翔していった。

「まったく、こんなデカブツまで連れて来るとは……」

　カディルが苦々しく吐き捨てると、ダークドラゴンはその巨大な顔を傾けて、接近してきたカディルを睨みつけた。

　そして、自身より遥かに小柄な老魔法使いの身体を噛み砕こうと、獰猛な牙を剥き出しにして襲い掛かってきた。

「カディル様っ‼」

　カディルのピンチに、叫ぶカイン。

「……デカい口を向けるでないわ、この化け物が‼」

　カディルは手元の杖から瞬時に雷球を現出させ、口を大開きにしたダークドラゴンへと撃ち放った。

　開かれた口中にヒュンッと飛び込んだ雷球は、巨竜の体内で派手な爆音を立てて弾け飛び、その猛々しい肉体を、内部から盛大に焼き焦がしていく。

　体内を焼かれる激痛に動きを止めたダークドラゴンだったが、カディルはそこに、さらなる追い打ちの魔法を詠唱していた。

「ゲシーキ（全てを）・イラゲーキ（消失せしめる）・タランマ（稲妻の）・ウィーネ（波動よ）・モツトモツト（我が杖に）・チヨイータ（宿りたまえ）……」

　詠唱によってダークドラゴンの上方に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。

「ギガライトニング・バースト‼」

　その一声によって天上の魔方陣から放出される、超級の雷撃。

　強大な稲光の群舞は、戦場にいた兵士や魔物たちの視界を、一瞬で白一色に染め上げた。

　明滅する雷光は、ダークドラゴンの巨体を見る見る内に焼き尽くし、やがて強烈な光が収まった後には、黒い炭の塊と化したダークドラゴンが、地面に音を立てて崩れ落ちていった。

「なっ⁉　あのロッシュでも、単独の魔法ではドラゴンを倒せなかったのに……‼　なんという威力だ‼」

　カディルの極大魔法の威力を間近で目撃したカインは、呆気に取られていた。

　だが、その威力の代償は小さくなく、ダークドラゴンを消し去るために多くの魔力を消費したカディルは、やや息を荒くしていた。

「はあ、はぁ……」

『どうした？　随分と消耗したようだな？』

「‼」

　そこで空中に向けて放たれた斬撃を、素早く躱（かわ）すカディル。

　攻撃を放ったのは、禍々（まがまが）しい呪力を帯びた黒い大剣を手にした、魔装王カオスブグレだった。