61.お客様は神様です! いらっしゃいませー!

「お客様? こんな時に、一体誰が……」


 怪訝けげんな顔でエリーゼが言うと、やがてメイドのシンリィが、ロッシュたちのいる部屋におずおずと姿を現した。


「あのぅ、メイド長……。今、『旦那様の知り合い』と名乗る方が、屋敷を訪ねて来られたんですが……」

「カディル様の知り合い?」

「ちょっと失礼しますよ~」


 言いながら、シンリィの後ろに続いて、一人の人物が入室してきた。


 現れたのは、しなびた野菜のようにしわくちゃの顔をした、年老いた老婆だった。


 腰の曲がった小柄な体躯たいくに深緑色のローブを羽織はおり、顔と同じくシワシワの両手で杖を掴みながら、全身を小刻みに揺らす老人。


 見た目から察するに、カディルやマーサより一回り以上は年配に思えた。


 突然の来客をいぶかしみつつも、エリーゼは冷静に居ずまいを正した。


「ようこそ、ツヴァイネイト家の屋敷へ。本日は、どのような用件でいらっしゃったのでしょうか?」

「ああ、勝手にお邪魔してごめんなさいねぇ。私はベローナという者で、カディルやマーサとは古い知り合いでねぇ。二人に会うため、はるばるたずねてきたんだけれど……」


 老婆はしわがれた声で、プルプルと来意を告げた。


「そうでしたか。ご足労いただき大変恐縮なのですが、あいにくカディル様もマーサ様も、今は遠方に出掛けておりまして。屋敷に戻られるのは、しばらく先になるかと思います」

「あらまぁ。一足遅かったかしら……」


 老婆は残念がったが、そこでふとロッシュを見やり、「あら?」と声を発した。


「あなた、その鎧は…………」

「……もしやあなた様は、『ラスタリア聖導せいどう教会』の方ですか?」


 ロッシュの呪いを解くため、マーサがラスタリアに神官の派遣を依頼していたことを思い出したエリーゼは、老婆の反応を見て尋ねた。


「え? いや、違うけど。なんだかずいぶん、重そうな鎧を着ているなぁ、と思ってねぇ」

「そ、そうですか……」


 老婆のゆったりした返答に、エリーゼは奇妙な脱力感を覚えた。


「あなた、とっても苦しそうだけど、大丈夫?」

「え、ええ。まあ……」


 ロッシュも少し戸惑いつつ、老婆に答えた。


「……って、あなたもしかして、カディルの孫のロッシュじゃなくて?」

「そうですが……」

「あら~、全然気がつかなかったわぁ~。こんなにごっつい鎧着て、随分大きくなったのねえ~」

「俺のことを、ご存じなのですか?」


 喜ぶ老婆にロッシュが問うと、老婆は皺くちゃの顔を、さらにくしゃりとゆがめて笑った。


「知ってるわよぉ~。前に会ったのはあなたが生まれて間もない頃だったから、覚えてなくても仕方ないわね~」


 ゼン・ラーディスに異世界転生したロッシュは、赤子の頃の記憶もバッチリ残っているはずなのだが、なぜかこの老婆に会った覚えは全く無かった。


「それにしても、体調悪そうなあなたを置き去りにして出かけちゃうなんて……カディルとマーサったら、ひどいわねぇ」

「……もしや、ご存じないのでしょうか? 現在、遠方のムラムウラ山脈から魔物の大群が侵攻を続けており、カディル様たちはその討伐のため、遠征におもむかれたのですが……」

「ああ、それは旅の途中で小耳に挟んだわぁ。それもあって急いで来たんだけど、間に合わなかったのねぇ」


 呟いた老婆は、そこで一つの疑問を口にした。


「……でもそれなら、なんでロッシュはここで留守番しているの? あなたはカディルにも負けない凄い魔法の才能を持ってるって、マーサからも聞いていたのに」

「情けない話ですが……。実は今、この鎧のせいで、重度の呪いを受けていまして……」

「重度の呪い?」


 首をかしげた老婆に、エリーゼは簡潔に事情を説明した。


「なるほど、呪いの鎧ねぇ。道理で随分と、趣味の悪い鎧だこと……」


 老婆はロッシュを拘束する黒い鎧を、しげしげと観察し始めた。


「ん~? でも、この鎧は…………」


 そこでふと、なにか考えるような仕草を見せた老婆に、ロッシュは語りかけた。


「ご老人。あなたも言ってくださったように、俺はこれまで自分の魔法能力に、多少は自信があった。だが、呪いで魔法を使えなくなった今の俺は、あまりに無力な存在だ。家族や仲間が過酷な戦場へ向かったというのに、なんの手助けもすることができないのだから……」


「そう……あなたは、大切な人たちを失うのが怖いのね?」


 項垂うなだれるロッシュにそう言った老婆の目には、不思議な力感の光が宿っていた。

 

「だったら、自分の本心を我慢する必要なんて無いわ。今のあなたがすべきだと……いえ、為したいと思っていることはなに? それを、素直に教えてちょうだい」


 今の自分が、為したいと思うこと……。

 

 数秒の沈黙の後、やがてロッシュは顔をキッと上げて、老婆と向き合った。


「……俺は、皆を助けに行きたい。それが今、俺が最もしたいことだ」

「そう。それは、とってもいいことね」


 ロッシュの言葉に、老婆は満足そうにうなずいた。


「ですが今の状態では、俺はロクに身動きを取ることもできない。せめてもう少し身体が動けば、やりようもあるのだが……」

「ならそれは、私に任せてもらいましょう」

「え?」


 老婆の唐突な言葉に、ロッシュはまばたきを繰り返した。


「お客様、一体なにを……」

 エリーゼも言いながら、目をぱちくりさせた。


「あなたの望みを叶えるために、私がお手伝いしてあげると言ったんですよ。なあに、心配しないで、ど~んと任せておきなさいな。フェッヘッヘッ……」


 奇妙な声で笑い始めた老婆に、ロッシュとエリーゼは、ただポカンとした顔を向けるしかなかった。

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