59.機先を制する。ペンぺペン!

『我が名は、魔装王まそうおうカオスブグレ。魔界を支配する、魔族の王が一人である』


 その言葉に、ローヴガルド軍のざわめきは、一層大きさを増していった。


「魔装王、カオスブグレ……」

「このとんでもない闘気……。ば、化物だ……」


『五十年前、魔王ダークハドリーが剣姫けんきとやらに敗れて以来、封印門ゲートの存在によって魔界からの侵攻を阻まれてきたが……ついにそれを破り、ゼン・ラーディスへ攻め入ることができた。大変喜ばしいことだ』


 不気味な喜悦に満ちた魔装王の言葉は、その場にいた人々の多くを総毛立たせた。


『愚かな人間共よ。我らの行く道を阻もうというのなら、容赦はせんぞ? この大地が貴様らの血で染まり尽くすまで、最大級の恐怖と苦痛を与えて殺してやろう‼』


 魔装王の不吉な宣告に続き、魔物の大群から、次々に獰猛な咆哮が放たれた。


 幾重にも重なった咆哮は強力な烽火ほうかとなり、刃を交える前からローヴガルド兵士たちの精神を圧迫していった。


 そして勢いづいた魔物たちは、軍の前線に向かって一斉に進撃を開始。


 激しく生じる土埃と地響きに、兵士たちは完全に気圧けおされていたが……


「恐れるな、兵士たちよ‼」


 そこで凛々しく勇壮な声が、ローヴガルドの陣営に響き渡った。


 声の主は、ローヴガルド軍の総指揮官を務める、ジークハルト・ローヴガルド王子。


 たくましい軍馬にまたがり、王家の紋章を彫琢ちょうたくした白銀の鎧に身を包んだその姿は、半神的な美しさと勇ましさを溢れさせており、兵士たちの視線を自然と引き付けていった。


「敵がどれだけ強大であろうと、我々は絶対に臆するわけにはいかない‼ ここで我が軍が敗れれば、奴らは大挙して近隣都市やローヴガルド本国にまで押し寄せるだろう‼ 皆の家族が、愛する者たちが暮らす祖国を、奴らに蹂躙などさせてたまるものか‼ 若輩ながら私も剣を取り、皆と共に戦うぞ‼ 魔界の魔物を、我らの力で打ち倒すのだ‼」


 そう言い放つと、ジークは腰の鞘から剣を抜き取り、その刀身を天にかざして見せた。


 光輝に満ちたその姿は、まるで古来の英雄譚を彷彿とさせ、それを目にした兵士たちの胸中から、不安や恐れといった感情を吹き飛ばしていった。


 やがて、ジークの鼓舞に呼応するように、全軍から「オオオーッ!」というときの声が、大音量で広がっていった。


『ほう……。人間共の指揮官も、思ったより口が達者なようだな。だが、ただ舌が回るだけでは、戦いに勝つことはできんぞ?』


「確かに、その通りじゃな」

『む?』


 魔装王の言葉に応じたのは、ローヴガルドが誇る大魔法使い、カディル・ツヴァイネイトだった。


 そのカディルは今、地上から遥かに離れた空中に身を浮かせ、ピタリと立ち姿で静止していた。


「師匠⁉ いつの間にあんな所に⁉」

 アイナが、驚いて声を上ずらせた。


 カディルが使っていたのは、以前に孫のロッシュが独力で習得していた、浮遊魔法だった。

 並みの使い手なら、身体を数センチ浮かせただけでも多大な魔力を消費してしまう高難度の魔法だが、カディルは全く消耗した様子も無く、それを平然と使いこなしていた。


 孫が天才ならば、その祖父もまた、超弩級の魔法の使い手。


 戦場に集まった兵たちは、かつての英雄の実力の片鱗を、まざまざと見せつけられていた。


 ……が、驚きはそれだけでは終わらなかった。


「ロッシュの魔法を参考に唱えてみたが……こりゃ中々、便利じゃな。上からだと、戦場全体がよく見渡せる」


 そう言ったカディルが持つ杖の先端から、小さな雷光がぜ始めた。


「戦いは先手必勝。まず手始めに、前線部隊の負担を減らすとしようか」


 そしてカディルの杖から膨れ上がった紫電は、数秒も経たぬ内に、巨大な球体を形成していった。


『これは……』


 魔装王はその魔力を瞬時に感知していたが、猪突猛進で突き進む地上の魔物たちは、上空のカディルの存在にすら全く気付いていなかった。


スイン雷霆とイパ大地のナウィー精よトゥティ・モタイーイ雷火を以て滅しノワハ・メージ慈愛によって守りダヨケーダ理外の力を示せ…………『ライトニング・ノヴァ』‼ 『アース・ヴァルト』‼」


 詠唱に続き、カディルの杖から眼下の魔物たちへ向けて放たれる雷球。


 それが高速で地上に着弾した瞬間、雷球は勢いよく弾け飛び、そこから生じた破壊的な爆発光が、百匹近い魔物を一度に飲み込んでいった。


 同時に、地殻変動のような振動を伴い隆起していく、大地の一部。


 やがて爆発の光が収まると、ローヴガルド軍めがけて突進していた魔物たちの先頭集団は、ほとんど跡形も無く消し飛ばされていた。


 そして、最前列を駆けていた兵士たちの眼前には、大地が隆起して形成された小高い土壁が、まるで爆発から味方だけを守る防護壁のように、広範囲に渡って張り巡らされていた。


「な、なんだ、こりゃあ……」

「人間が一人で唱える魔法の威力じゃないぞ……?」

「しかもあれ……まさか雷属性と土属性の魔法を、いっぺんに詠唱したのか⁉ あの規模で⁉」

「凄え……これが、英雄カディルの力か‼」

「勝てる‼ これなら勝てるぞ‼」


 カディルが放った規格外の先制攻撃によって、味方の士気はまたたく間に急上昇していった。


 逆に、群れの先頭近くにいた魔物たちはその魔法にひるみ、士気を上げて突撃を開始した騎士団の先兵によって、どんどんと斬り込まれていった。


「これで、序盤の主導権はこちらが握ったか。だが……」


 浮遊魔法の高度を下げつつ安堵したカディルだったが、敵軍の中枢を見つめる表情は、険しいままだった。


「魔装王カオスブグレ……奴が本気を出してくれば、そう簡単にはいかんじゃろう。ここからはワシも、魔力を温存せんといかんな……」


 そして魔装王の方も、遠方の宙に浮かぶカディルの姿を、ジッと睨みつけていた。


『あの人間離れした魔法……只者ではないな。魔力の気配からして、おそらく奴が、封印門を造ったという魔法使いか。やってくれる……』


 それまで余裕を見せていた魔装王が、黒い兜の中で忌々し気に呟いた。


 このカディルの奇襲攻撃を皮切りとして、魔装王の軍勢とローヴガルド軍は、ついに本格的な直接戦闘へと突入していった。

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