57.落ち込む露出狂を慰め少女

 それから、生徒会の面々と別れたアイナは、その足でツヴァイネイト家の屋敷を訪れていた。


 暗がりに包まれた屋敷の二階へ上がり、奥の部屋のドアを開けると、そこには呪いの鎧を装備したままのロッシュが、苦しそうな様子でベッドに横たわっていた。


「ロッシュ……体調はどう?」

「おお、アイナか……。相変わらず呪いが解ける気配は無いが、多少はマシになってきたよ」


 その言葉が嘘だということが、アイナにはすぐ分かった。


 マシになったと言いながら、ロッシュの顔色はさらに悪くなっており、鎧がおもりのように身体の自由を奪って、頭を満足に動かすこともできていなかった。


 おまけに全身を覆っている鎧は、あちこちから新たにトゲのような装飾を生やして、より物々しい見た目になっていた。


「鎧の呪い……どんどん強くなってるんじゃない?」

「なに。見た目は少しゴツくなったが、心配無い。ただ、『呪い殺す』という呪詛じゅそが絶えず頭の中に響いてきて、毒の沼に漬かっているような激痛が身体の節々ふしぶしおかし続けているだけだ」

「それ、滅茶苦茶悪化してるじゃない!」


「そんなことより……アイナにも、今回の戦いに参加するよう、要請があったんだろう?」

 ロッシュの急な話題転換に、アイナはまばたきを繰り返した。


「え、ええ。私の他には、生徒会のココロとフィーリ、あとは風紀委員長のカイン先輩も招集されたって。ジーク王子なんて、自ら志願して遠征軍の総指揮官を務めるっていうし……無茶するわよね」

「……その招集を、辞退することはできないのか?」

「え?」


 ロッシュの口から出た言葉は、アイナにとって意外なものだった。


「お前だけじゃない。ジークやカインたちもだ。俺も全ての情報を聞いたわけではないが、今回の戦いはローヴガルドにとって、あまりに分が悪すぎる。じいさんたちだって、もう若い頃とは違うんだ。俺は皆に、危険な目には遭ってほしくない……」

「そんな……。ロッシュだって、今までかなり無茶な戦いをしてきたじゃない」

「今回は、かつての『魔王』クラスの敵がいるかもしれないと、おばあ様が言っていた。俺が相手にしてきた魔物など、それに比べればやさしいものだ」


 言いながら、ロッシュはギリッと歯を噛みしめた。


「俺の見通しが甘かった。まさかこのタイミングで、こんな呪いにかかってしまうとは……」


 ロッシュは珍しく、自身の置かれた状況を本気で後悔しているようだった。


「アイナ。この呪いがどうにか解けるまで、ローヴガルドに留まってくれ。この呪いさえ解ければ、俺も戦いに参加することができる。だから、それまでは……」


「ロッシュ……そんなになにもかも、一人で背負い込もうとしないで」

「……アイナ?」


 かけられたアイナの言葉に、ロッシュは一瞬息を止めた。


「今まで私たちは、なんだかんだであなたに頼ってきた。所構ところかまわず服を脱いで、好き放題暴れ回って……正直酷いことも沢山あったけど、結果的にあなたはいつも、ちゃんと皆を助けてくれた。ダークスライムの時も、ふくろう陰套いんとうの時も、レッドドラゴンの時だって、ロッシュがいなかったら、間違いなくもっと多くの被害が出ていたわ」

「…………」

「だから、その恩返し……ってわけじゃないけど、今度は私たちが、あなたの代わりに頑張る番。ロッシュは、呪いを解いてくれる神官がラスタリアから到着するまで、しっかり休んでいて」

「アイナ。だが、俺は……」


 そこでアイナは、ロッシュの鎧に覆われた身体をひしと抱きしめた。


「大丈夫。私たちは絶対に、負けたりしないから」

「アイナ……」


 決意を込めた幼馴染の声に、ロッシュはそれ以上、なにも返すことができなかった。



■□■□■□



 そして、数日後。


 総勢八千を超えるローヴガルド騎士団と魔法兵団の軍勢は、侵攻を続ける魔物の大群を討伐すべく、ジークハルト王子を総指揮として、王都を出立していった。


 ヌーダストリア学園から特別招集された学生や王国の新兵の中には、不安げな面持おももちを浮かべる者も多かったが、かつて魔王を倒した英雄カディルとマーサが戦線に加わるということもあって、軍全体の士気は、決して低くはなかった。


 だが、その軍の中に天才魔法使いロッシュ・ツヴァイネイトの姿は無く、一行は一路、戦場となる「リシタータキ大平原」を目指して、進軍を開始したのだった。

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