56.腐海の森で大乱闘なのだ

 翌日、出兵に関する会議を終えたジーク王子に会うため、アイナはヌーダストリア学園の生徒会室を訪れていた。


「え? じゃあロッシュ先輩、今回の戦いには参加できないんですか?」


 生徒会役員の後輩ココロ・フィジョースが、意外そうな声を上げた。


「ええ。ちょっとアクシデントがあって、強い呪いを受けちゃって……今は、とても動ける状態じゃないの」

「そんなぁ……ロッシュ先輩がいれば、今回の戦いも楽勝なのに……」

「仕方ないでしょ、ココロ。呪いを受けたんじゃ、さすがのロッシュ先輩でも……」


 元暗殺ギルドのフィーリ・サクリードが、そう言って親友をなだめた。


「だが、あのロッシュが消耗するほどの呪いとは、相当なものだ。呪いの原因は、ツヴァイネイト家の地下に封印されていた鎧、という話だったね?」


 椅子に腰掛けたジークが、アイナに問いかけた。


「はい。物凄く強い呪いらしくて、マーサ先生にも解呪ができなかったんです」

「マーサ様にも解除できないレベルの呪い、か。なぜそんな鎧が、ツヴァイネイト家に……」


 ジークは、黙考するように顔をうつむかせた。


「ロッシュが今度の戦いに加わることができないのは、本当に大きな痛手だ。今回はヌーダストリア学園の一部生徒にも、特例で戦闘参加の要請が届いている。こんな時こそ、彼の規格外の才能が必要とされるのだが……」


 無念そうに言ったのは、騎士科首席の風紀委員長、カイン・レッドバースだった。


 以前までは魔法科首席のロッシュに隔意を抱いていた彼だったが、レッドドラゴンの討伐で打ち解けて以降、ちょくちょく生徒会室にも顔を出すようになっていた。


「そっか。カイン先輩とアイナ先輩にも、その特別要請が届いてるんですよね? やっぱり優秀な生徒は、普段からバッチリ目をつけられてるんですねー」

「ココロ……。一応私たちにも、戦闘の参加要請が来てるんだけど」

「え⁉ そうなのフィーちゃん⁉」

「今朝、家の方に書状が届いてたでしょ……」


 暗殺ギルドを抜けてからココロの家に居候しているフィーリが、呆れたように言った。


「まだ一年生の二人にも、要請があったの?」

「ココロとフィーリは、騎士科一年の中でもトップクラスの実力だからな。当然、指名されるだろうと思っていた」


 騎士科首席のカインが、なぜか誇らしげに言った。


「え。二人って、騎士科だったんだ。てっきり、魔法科か政経科だと思ってた……」

「えー! 知らなかったんですか、アイナ先輩‼ 首席のカイン先輩には及びませんけど、私たちの武器の扱いだって、中々のモノなんですよ? 剣の使い方が上手いのは、なにも男性に限った話じゃないんです‼ 剣……股ぐらの剣……ぐもふふふふふ……」

「そ、そう……」


 熱弁しつつ口からヨダレを垂らすココロに、アイナは若干引いていた。


「でも今回の戦い、カディル師匠とマーサ先生も参加するとはいえ、敵の数は膨大だっていうし……。兵士たちの士気も、どこまでつのか……」

「そうだね。ちなみに今回は特別に、僕が遠征軍の『総指揮官』を務めることになった」


 サラリと告げられたジークの言葉に、他の四人は仰天した。


「ちょっ、王子⁉ 総指揮官って……⁉」

「ジーク様まで戦場におもむかれるのですか⁉ そんな馬鹿な‼」

「会長……正気ですか?」

「か、会長が王国騎士団の猛者もさたちを率いて、魔物たちとくんずほぐれつですと⁉ そんなの、大乱こ……乱闘どころの騒ぎじゃありませんよおお‼ ブフゥ~‼」


 一人謎の興奮に打ち震えたココロが、思わず鼻血を噴き出した。


「父上……いや国王陛下には、僕から直訴した。今度の魔物たちの襲来は、おそらくローヴガルド王国にとって、かつての剣姫戦争けんきせんそう以来の熾烈な戦いとなる。我が校の生徒たちもそれに参加するというのに、生徒会長の僕が出向かないわけにはいかないだろう?」


 ジークはそう言って、長い睫毛まつげふちどられた瞳に強い光を輝かせた。


「でも、王子……」

「アイナ君。僕は将来お飾りの王として、なんの苦労もせずに王冠をいただくつもりは無い。国の危機に際して率先して立ち上がってこそ、真の王族というものだ」

「おお、ジーク様……。なんと素晴らしい心構えか‼ このカイン・レッドバース、不肖ながらジーク様とローヴガルドを守るため、全力で剣を振るわせていただきます‼」


 ジークの言葉に騎士道精神を刺激されたカインが、感極まって立ち上がり、ビシッと敬礼のポーズを取った。


 あまりに生真面目なそのリアクションに、他の面々は自然と笑いを誘われたが、その中でアイナは一人、「ロッシュは大丈夫なのかな……」と考えていた。

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