55.働くおばあちゃん
カディルが
ムラムウラ山脈の古城から
敵の総数は優に数千を超え、周辺の魔物も群れに加えながら、なおも数を増大中。
魔物たちを率いているのは漆黒の鎧を身に着けた魔族で、相当の力を有していると思われる。
また、今後の敵の進路を予測すると、平野部の都市を複数通過した後、やがてローヴガルド王国にまで達する可能性が大。
それを防ぐため、侵攻途次に広がる「リシタータキ大平原」において軍を展開し、敵を迎え撃つべし。
遠征先のカディルからもたらされたこれらの報告を聞いた重臣たちは、全員が暗い表情を浮かべていた。
「まさか、封印門が破られる日が来るとは……」
現ローヴガルド国王、ウォルスカーグ・ローヴガルドが、重々しい声で呟いた。
「陛下。こうしている間にも魔物たちは、着々と侵攻を進めています。我々も一刻も早く軍を出し、敵が平野の都市群に襲いかかる前に迎え撃たねばなりません」
端然とした姿勢でマーサが言うと、続いて列席の騎士団長が発言した。
「敵の規模と進行速度からすると、カディル様の報告通り、戦場はリシタータキ大平原以外に無いでしょう。我らがここに布陣して戦端を開き、その戦況を維持しながら、同盟国であるラスタリア神聖国の援軍を待つ形になります」
「ラ、ラスタリアの援軍は、ちゃんと来てくれるのかね?」
大臣の一人が、せわしない口調で騎士団長に問いかけた。
「ラスタリアから大平原までの距離を考えると、すぐには難しいでしょう。ですがマリナベル女王陛下は、可能な限り迅速に軍を出してくださるはず。敵の規模が強大でも、勝機は十分にあります」
「し、しかし! 報告にあった、黒い鎧の魔族はどうするのだ⁉ ただでさえ敵の数が膨大だというのに、もし敵の
大臣が叫ぶと、列席の重臣たちの顔が再び曇り始めた。
が、そこでマーサが、コホンと一つ咳ばらいをして見せた。
「おっしゃる通り、大きな問題はそこでしょう。ですが、ご心配なく。今回の戦闘には、私も参加いたしますから」
「マ、マーサ様が自らですと⁉」
かつて世界を救った大神官の言葉に、重臣たちは声を上ずらせた。
「夫のカディルも、すでにあちらで戦備を整えています。年老いたとはいえ、かつて魔王を倒した身として、まだまだ若い方々に負けるつもりはありません。それにこれだけの戦いとなれば、おそらくマリナベル陛下自身も戦場に駆けつけます。それでも不安でしょうか?」
マーサが言うと、重臣たちは一斉に「おおお!」と叫び、豊かな顔色を取り戻した。
「未だ国内で最上の実力を誇るマーサ様とカディル様が戦場に出られるとは、なんと心強い‼」
「ここに『
「勝てる‼ これは……勝てるぞ‼」
先ほどまで
「では軍部各員は、両日の内に遠征準備を整えよ。作戦本部はより綿密な戦術計画を立案し、軍の隊長たちと共有を図るように。以上、この場は解散とする‼」
国王の言葉を受けて、列席の面々は全員立ち上がり一礼すると、そのまま散り散りに会議室を退室していった。
やがて会議室内には、国王の他、マーサとジーク王子の二人だけが残された。
「マーサ様。今回の戦い……本当に勝てると思いますか?」
年長者の大神官に国王が問うと、静かな表情で目を閉じていたマーサは、その口をゆっくりと開いた。
「正直に申し上げれば……状況はかなり厳しいです。ただの魔物相手なら負けはしませんが、今回それを率いている魔族はおそらく、強大な力の持ち主。ラスタリアの援軍が早期に到着し、私たちが敵の首魁の相手に専念することができれば、勝機はあるかもしれませんが……」
淡々と告げられたマーサの言葉に、ジークは目を見張った。
先ほどは大臣たちの混乱を抑えるため、あえて楽観的な発言をしていたマーサだったが、内心では敵味方の戦力を、極めて冷静に分析していた。
かつて魔王を倒した剣姫マリナベル、大魔法使いカディル、大神官マーサの三人は、五十年という時を経て、確実に老いている。
特にマリナベルは剣姫戦争後、女王の座に就いてからは国政に専念していたため、ほとんど戦場に
「……ですがローヴガルドにも、有望な騎士や魔導士たちは沢山育っています。かつて英雄と呼ばれた我々と彼らの力が合わされば、勝利を掴むことは決して不可能ではありません。ですから陛下、我が国の民の力を信じて、王都で吉報をお待ちください」
マーサが言うと、国王は頭上の冠を室内の照明に輝かせながら、静かに
「……分かりました。どうか必ず、生きて帰っていただきたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます