54.急ぐおじいちゃん
それから数日を経て、やがて
王城の重臣たちは初め、その凶報をなにかの冗談と思ったが、伝令がカディル・ツヴァイネイトの名で届けられたことから、すぐに事実と認めるしかなく、ただただ
そしてその急報は、カディルの妻であるマーサの元にも、早々と伝達されていた。
「そうですか、封印門が……」
マーサは城の重臣たちのように、目に見えて
「マーサ先生……」
「大丈夫です、アイナ。ですが、急がないといけませんね。このままだと、魔物たちは平野の都市に押し寄せて、やがてはローヴガルドにも到達しかねません。一刻も早く王城で軍議を開き、討伐軍出兵の準備を進めないと……」
マーサはそう言いながら、メイドたちの手を借りて、王城に
「待ってくれ、おばあさま。俺も一緒に行く」
「ロッシュ⁉ あなた……」
重厚な鎧姿のまま、身体をズルズルと引きずって現れた孫の声に、マーサは驚いた。
「まさか、本当に封印門が破られるなんて、最悪の事態だ。じいさんがいない今、ツヴァイネイト家の
「ロッシュ。あなたはこのまま、屋敷で待機していなさい」
「おばあさま、なにを言って……」
マーサの指示に、ロッシュは目を見張った。
「あなたの鎧の呪いが強まっているのは、一目で分かります。今も、歩くだけで精一杯のはず。そんな状態のあなたを、城に連れて行くわけにはいきません」
「だがこのくらい、魔法でどうにでも……」
「その魔法も、今はほとんど使えないのでしょう?」
「…………」
柔らかな声ながらも鋭い祖母の指摘に、ロッシュはなにも言い返すことができなかった。
「王城への
「……分かりました」
明らかに不満げではあったが、呪いで激しく体力を消耗しているロッシュは、大人しく祖母に従うしかなかった。
■□■□■□
やや時を前後して、封印門が破られたことを一早く知ったカディル一行は、
「なんて数だよ……」
やや遠方の高所から魔物の群れを目視した偵察隊の一人が、声を漏らした。
彼らの下方に広がっているのは、険峻な崖に囲まれた渓谷地帯。
今その渓谷の大地は、ほとんど魔物の大群で埋め尽くされており、群れはまるで一つの巨大な生き物にでもなったように、不気味な行軍を続けていた。
「こんな奴らが平地の都市まで攻めてきたら、ひとたまりも無いぞ……」
「そうならないよう、俺たちが敵の規模と進行状況の詳細を、王都へ報告するんだろ!」
「それは分かっているけど…………っ⁉」
「どうした? …………な、なんだ、この気配は⁉」
偵察隊の兵士たちは、突如感知された禍々しい気配に、思わず息を呑んだ。
「これは……」
カディルもまた、険しい表情で呟いた。
その桁違いのプレッシャーは、遠方で
「カディル様……まさか、あれが……」
兵士の一人が
「ああ、奴が敵の総大将じゃろう。しかも、この邪気は……。相当な力を有した魔族と見て、間違いなさそうじゃな」
「あれが、魔界の魔族……」
兵士たちは、背中に氷柱を放り込まれたような寒気を覚え、無意識の内に身震いしていた。
「見たところ地上の魔物たちも、続々とあの群れに加わっているようじゃ。このままだと、敵の数は増える一方か……」
カディルはしばしの黙考の後、
「ここからは、隊の人員を二班に分ける! 一班はワシと平地部を巡って、近郊の住民避難と、敵を討伐するための戦力確保を進める‼ もう一班は引き続き奴らの進路を追跡し、随時使い魔でこちらに情報を伝達すること‼ 時間が無い‼ 急ぐぞ‼」
それからカディルは超速で平地へと下り、ほとんど休む暇も無く複数の都市や要塞を駆け回って、魔界の軍勢に対処する準備を進めていった。
各都市や要塞の人々は、迫り来る魔物の大軍の情報を耳にして、あわやパニックを起こす寸前だったが、かつての「英雄カディル」が冷静に都市代表者を諭し、的確な指示で要塞の兵たちの統率を図ったおかげで、どうにか住民避難と兵力編成の手はずを整えていくことができた。
「カディル様。ローヴガルドの邸宅からカディル様宛てに、なにやら書状が届いたようですが……」
そんな風に慌ただしい最中、カディルは一人の兵士から、そう告げられた。
「書状? 邸宅ということは、マーサからか? それは、今回の魔物の侵攻に関することか?」
「いえ。どうやらカディル様がローヴガルドに封印門の件を伝達するより前に、送られてきた物のようです」
「そうか……。すまんが、今は目を通している暇が無い。後で時間ができるまで、預かっておいてもらえるか?」
「わ、分かりました」
それは、封印門が破られる前、マーサがロッシュの呪いについて知らせるため、カディルへと送っていた手紙だった。
だが、来たる魔界の軍勢との戦闘準備に忙殺されていたカディルは、結局それを読む時間を確保することができず、手紙は未開封のままとなってしまったのだった。
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