53.その名は魔装王

「なんじゃと⁉ 封印門ゲートが⁉」


 ムラムウラ山脈に向かう途次の野営地で、山脈方面から駆けつけた隊員の報告を聞いたカディルは、瞠目どうもくして叫んだ。


「不気味な声と共に封印門の扉が開かれ、やがてその中から、大量の魔物が……。私は一人、脱出することができましたが、他の先遣隊せんけんたいの面々は全滅です。私は、私は…………」


 唯一生き残った隊員は、顔を死人のように青ざめさせながら、その場に膝をついた。


 カディルたちはおびえる隊員をどうにかなだめつつ、少しずつ情報を聞き出していった。


 封印門の魔法術式が破られ、魔界側から扉が開け放たれた――


 封印門を造ったカディルにとって、それはあまりに信じがたいことだったが、いつまでも驚愕しているわけにはいかなかった。


 門が破られ、生き残った隊員がこの野営地に到着するまで、すでに数日が経過しており、事態は喫緊きっきんの対応を要する。


「……ローヴガルド王国に、火急で伝令を送ってくれ。あわせてラスタリア神聖国にも、急報を頼む。『封印門が破られ、魔界より大量の魔物が出現。敵が大挙して都市部に到達する前に、これを討伐しなければならない』、と……」

「わ、分かりました‼」

 カディルの言葉に、兵士の一人が素早く返答した。


「ムラムウラ山脈の直近に人里は存在しないが……魔物たちは間違いなく、山脈から平野へと押し寄せてくる。直ちに近郊の村落に避難を呼びかけ、移動可能な要塞都市へ誘導するんじゃ! それと並行して、要塞の兵力も糾合しなければ……」


 迅速な指示を下したカディルは、急ぎテントへと戻ると、簡易的に置かれた木机の上に、ムラムウラ山脈周辺の地図を開いた。


「封印門からの侵攻……。これからローヴガルドが軍を派遣し、魔物たちが大都市に達する前に迎え撃つとなると……戦場にできるのは、『リシタータキ大平原』しか無いか……。タイミング的にギリギリじゃが、ラスタリアの援軍は間に合うか?」

「カディル様……」


 現状を飲み込み、素早く戦場の分析を始めたカディルを、兵たちが不安げな表情で見つめていた。


「落ち着け。緊急事態ではあるが、敵がこちらに攻めてくるまで、まだいくらか時間はある。まずは敵の規模を正確に把握し、その情報をローヴガルド本国にも知らせねばならん。大至急偵察隊を組織して、古城方面に向かうぞ。無論、ワシも行く‼」


 近年、地上の魔物が不穏な動向を見せてはいたが、まさか再び、魔界から敵が攻めてくる事態が起ころうとは……。


 動揺する兵士たちを鼓舞しつつも、カディルは内心で歯噛みする思いだった。




■□■□■□




 一方、古城の封印門を破り現れた魔界の魔物の大軍は、ムラムウラ山脈から平地方面に向けて、大挙して下山を開始していた。


 その数は優に千を超えており、地上の魔物よりも遥かに獰悪な邪気をまとった怪物たちは、山脈地帯の狭い山道を、うごうごとうごめくように進んでいた。


 しかも、その邪気に引き寄せられるようにして、山脈に巣食っていた地上の魔物たちが次々と群れに加わっていき、全軍の規模は見る見るうちに増していった。


 そして、その大群の中心に、一際凄まじい邪気を放つ黒い鎧姿の魔族が一体、存在していた。


 人型に近い体型だが、全長は三、四メートルを優に超える巨体で、自身と同じく漆黒色の馬のような魔物に騎乗して、悠然といえるペースで山岳地帯を進んでいく。


 単純に体の大きさだけなら、より巨大な魔物は他に何体もいたが、その全身から発せられる邪気の濃さは、他の魔物たちの比ではなかった。


『魔界の軍勢が地上に侵攻するのも、五十年ぶりか……。われ自身が地上に出るのは初めてだが、この安穏とした世界を破壊し尽くし、人間共の顔を絶望で染め上げていくのが、今から楽しみでならん……』


 黒鎧の魔族は、極低音の威圧的な声を発しながら、フェイスヘルム型の兜の中で、口角を禍々まがまがしく釣り上げた。


『五十年前は、剣姫けんきとやらに地上支配の野望を絶たれたが、今度はそうはいかん。奴らに敗れた魔王ダークハドリーの無念は、我、「魔装王まそうおうカオスブグレ」が晴らさせてもらうぞ……』

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