51.ムフフな展開だ。お客さん、好きですねえ

「ではアイナ、頼んだぞ」

「なんでこうなるの……」


 鎧を着たまま、脚をやや広げた格好でソファーに座るロッシュを前に、アイナは項垂うなだれた。


 彼女自身はかたくなに拒否を続けたのだが、マーサの強い懇請こんせいもあり、結局根負けする形で、ロッシュの股のかゆみを取ることになってしまったのだった。


「ああ、もう……。じゃあ、いくわよ……」


 ウンザリしつつも抵抗を諦めたアイナは、木製の細い「孫の手」を掴んだ。


 さすがに自分の指を鎧の中に直接突っ込みたくなかったため、メイドが持ってきた道具を使うことにしたのだった。


 そして孫の手は、古びた鎧の下半身に空いた隙間から、スススッと内部へし込まれていった。


「右脚の方で良かったのよね? こ、この辺?」

「違う。もう少し奥の方だ」

「お、奥の方? ちょっとこれ……どうにか隙間には入れられたけど、結構キツい……」


 アイナは戸惑いつつ、孫の手をさらに鎧の奥へと潜り込ませていった。


「おお、もうすぐだ。その辺りが近いぞ」

「こ、ここ?」

「……ぬおっ⁉」

「な、なに、どうしたの⁉」


 突然のロッシュの奇声に、アイナはビクリと肩を揺らした。


「アイナ、そこは……。いきなりそんな所を触ってくるとは、やってくれるじゃないか……」


 そう言うロッシュは、どこか恍惚とした笑みを浮かべていた。


「し、仕方ないでしょ‼ 全然見えないんだから‼」


「あらあら、アイナ様ったら……一体どこを触っちゃったのかしら?」

「なんだか手つきもぎこちなくて、初々しいわね……」

「っていうかあれ、男と女の立場、普通逆じゃない?」

「そこのメイド隊もうるさい‼ ちょっと黙ってて‼」


 アイナは、キャッキャと楽しそうに野次馬しているメイドたちを怒鳴りつけた。


「アイナ……普段は露出に興味が無いように振る舞っていたが、お前もちゃんとしたお年頃だったんだな。俺の裸体でよければ、お前が心ゆくまでまさぐって構わないぞ?」


 うっとりと夢見心地で呟くロッシュの脳天に、アイナは手近にあった壺を思いきり叩きつけた。


 そんな次期当主の醜態を無視して、メイド長のエリーゼが口を開いた。


「しかしマーサ様。これは早くどうにかしないと、マズそうですね」

「そうね、エリーゼ。あの鎧、呪いの気配がどんどん濃くなっています。今はまだロッシュにも余裕がありますが、このまま長引くと、最悪あの子の命にまで影響が出かねません」

「カディル様がお帰りになるまでは、まだしばらくかかりそうですが……。早馬はやうまか使い魔で、一報をお送りしておきましょうか?」

「ええ、お願い。ひとまず鎧の邪気を緩和する魔法をかけながら、呪いについてもう少し調べてみましょう。場合によっては、マリナの助力が必要かもしれません」

「マリナというと……マリナベル・ラスタリア女王陛下ですか?」


 エリーゼの問いに、マーサはうなずいた。


「私にも解呪できない呪いとなると、あとはラスタリア神聖国の『聖導教会せいどうきょうかい』に所属する『特級神官とっきゅうしんかん』くらいしか当てがありません。カディルの封印門ゲート視察の件も含めて、マリナにも相談の手紙を書いておきましょう」

「では書き上がり次第、急いでお届けいたします……」


 それから、身動きが取れないロッシュは自室へと移され、鎧を着たままベッドに横たわっていた。


「アイナ。俺はまたしても、大変なことに気付いてしまった……」

「なに……どうしたの?」


 先ほどよりさらにしんどそうな様子のロッシュに、アイナは顔を向けた。


「この鎧を着たままだと、俺は自力でトイレに行くこともできないんだ。急な尿意をもよおした場合、俺はどうすればいいんだろうか……」

「……川にでも運んでもらって、そのまましてくれば?」


 あまりに下らない質問に、アイナは投げやりに返答した。


「そんな……! 俺に、豊穣ほうじょうな自然環境を自ら汚染しろというのか⁉ いくらなんでもあんまりだろう!」

「知るかっ‼」

「それより、俺の提案を聞いてくれ。頑張ればどうにか、鎧の隙間からを引っ張ってきて排出することが可能だと思うんだ。アイナがそれに、手を貸してくれさえすれば……」

「いちいち私に触らせようとしないでよっ‼」


 顔を紅潮させたアイナは、ぷんすか怒って部屋を出て行ってしまった。


「アイナ! ……うーむ、薄情な奴め」

「若様がからかい過ぎなんです」

 言いながらエリーゼが、トレイに乗せた食事を運んできた。


「アイナ様に好意をお持ちだからこそ、素直な感情をさらけ出しているのでしょうが……どう考えても、アプローチの仕方を間違えています。若様のような重度の変態に添い遂げることができる女性はアイナ様くらいなのですから、もっと大切になさってください」

「そう言われても……これが俺なりの、精一杯の愛情表現のつもりなんだが……」

「……アイナ様は、これからも苦労しますね」

 エリーゼは、呆れて息を吐き出した。


「ところでエリーゼ。アイナがダメなようだから、俺が尿意を催した際の世話係には、せひシンリィを指名したいんだが……」

「その際は、私が近くの川までお運びしますので、心配には及びません」

「……あんまりだ」


 無慈悲なエリーゼの宣告に、ロッシュは肩を落とした。


「だが、それにしても……じいさんの封印門調査の方は、大丈夫かな?」

「カディル様がお着きになるより先に、最寄りの砦から先遣隊せんけんたいが向かっているはずです。万一異常があれば、すぐ報告が届くでしょう」

「せっかく『新魔法』も完成間近だったのに、まさか身体がこんなことになるとはな。呪いの影響で、今は魔法も上手く使えないし……。これならじいさんの裸封法衣ヌグナリオを着ている方が、よっぽどマシだったな」

「これにりたら露出を控えろという、神からの思し召しです。今後は常識を備えた真人間まにんげんになるべく、誠心誠意努力してください。その方が、我々も楽になりますから」


 冗談めかして言ったものの、鎧をまとったロッシュの体調が徐々に悪化していることが、長年彼の世話をしているエリーゼには一目瞭然だった。


 ――このままではマーサ様のおっしゃった通り、若様の身体には良くない。

 解呪の聖魔法以外に、なにか良い方法は無いだろうか?


 考えてはみたものの、特に有効なアイディアは浮かんでこなかった。

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