50.こいつは一大事ですぜ

「一体なんなのかしら、この鎧……」


 偶然地下で発見され、そこから屋敷へ運び出された謎の鎧を一瞥いちべつして、アイナは呟いた。


 ちなみにその鎧は今も、ロッシュの裸体の上にしっかり装着されていた。


 結局あの後もロッシュは鎧を脱ぐことができず、それどころかその場から一歩も動けなくなってしまったため、屋敷の人間が総動員で、ロッシュを鎧ごと地下から運び出したのだった。


 ロッシュも浮遊魔法などを使い、地上に上がろうとこころみはしたのだが、どういうわけか魔法も上手く発動させることができず、メイドたちの力を借りるしかなかった。


「ううむ、身体が重い……。やはりこの鎧、なにかの呪いにかかっているようだ……」

 全身鎧姿のロッシュは、しんどそうに床に横たわっていた。


「マーサ様、いかがですか?」

 エリーゼが問うと、ロッシュのかたわらで解呪の魔法を唱えていた祖母のマーサが、首を横に振った。


「ダメですね……。解呪の聖魔法を色々試してみたけど、どれも効果はありませんでした。これは、相当強力な呪いみたいですね」

「そんな……。マーサ先生でも解けない呪いがあるなんて……」

 マーサの聖魔法の弟子であるアイナは、信じられないという様子で目を見張った。


「マーサ様はこの鎧について、カディル様からなにかお聞きになっていないのですか?」

「そうねえ……どこかで見たことがある気もするんだけど……」

 そう言うマーサの口調は、やはりどこかのんびりとしていた。


「あああ、私が若様を突き飛ばしたりしなければ……」

 シンリィが、自らの責任を感じてシュンと落ち込んでしまった。


「気にしないで、シンリィ。あなたは正当防衛に及んだだけで、どう考えても責任は、この腐れ変態男にあるんだから」

「随分と酷い言い草だな、アイナ……」

「厳然たる事実でしょ‼ ……って、ロッシュ、なんだか顔色悪くない?」


 アイナの言う通り、黒い鎧に身を包んだロッシュの顔は、今まで見たことも無いくらいに青ざめていた。


「ああ……この鎧を身に着けてから、酷い寒気がしてな……。さっきから、呪詛みたいな囁き声も絶えず頭の中に響いてくるし……。結構ヤバいかもしれない」

「ちょ、ちょっと大丈夫⁉ 他におかしな所は無い⁉」


 ロッシュの深刻な声音に、アイナは動揺して問いかけた。


「そうだな……。実はそれ以上に一つ、マズいことがあってな……」

「なに、どうしたの⁉」


「実は…………股が、かゆいんだ」

「…………は?」


 アイナは、ぱちくりと目をまたたかせた。


「素肌に直で鎧を着ている影響か、さっきから鎧の中が蒸れて、股の周辺が猛烈に痒くなっているんだ。だが、呪いのせいで腕が満足に動かず、自分でくことができない。……だからアイナ、代わりに俺の股を、お前が掻いてくれないか?」

「なに言ってるの⁉ 絶対嫌よ‼」


 幼馴染の意味不明な要求に、アイナは全霊で拒絶を示した。


「この鎧は下半身にわずかな隙間があるから、どうにか指を潜り込ませることはできるはずなんだ。頼む! 俺のこの痒みを、どうにか止めてくれ!」

「だから嫌だってば‼ 絶対お断り‼」


 確かにロッシュが装着している呪いの鎧は、装飾や動きやすさの関係からか、下半身の各所にいくらか隙間が見受けられた。


 だが、だからと言って、鎧を着た男性の股間に指を入れるというのは、絵面えづら的に完璧アウトな行動だった。


「いいじゃないですか、アイナ。遅かれ早かれ、いつかは触ることになるんですから」

「サラッととんでもないこと言わないでください、マーサ先生‼」

 師匠の爆弾発言に、アイナはボッと頬を染めた。


「……ぐっ⁉ 呪いの影響か、急に体調が悪くなってきた……。このまま股を掻いてもらわなければ、俺はもうダメかもしれない……」

「ロッシュも、わざとらしく体調悪化させないで‼」

「ロッシュ、しっかり‼ アイナ、早く股を掻いてやって‼」

「どう見ても仮病です‼ 落ち着いてください、マーサ先生‼」


 そうしてワーワー騒ぐアイナたちの姿を、ツヴァイネイト家のメイドたちはやや遠巻きに、ポカンと眺めていた。

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