49.夢に向かって、エビ反りジャンプ

 それからアイナとエリーゼは、屋敷地下に突然現れた空間と、ついでにロッシュの安否を確かめるため、メイド隊を数人引き連れて、穴の中へもぐっていった。


 先陣切って穴の底に降りたエリーゼが手に持ったカンテラを照らすと、そこには、明らかに人の手が加えられた洞窟のような通路が続いていた。


「この洞窟は、一体……」

「あ、若様がいました‼」


 そこでメイドの一人が、芸術的な美尻を丸出しにして倒れているロッシュの姿を発見した。


「ふっ、油断したな……。まさか、シンリィに倒されるとは夢にも思わなかった。どうせなら、あの攻撃を顔ではなく、股の辺りにくらってみたかったが……」


 ロッシュは地に倒れながらも、紳士的な声で呟いた。


 かなりの勢いで地下に叩き落とされたため、一応ロッシュの身体を心配していたアイナだったが、特に問題は無いようだった。

 脳のダメージについては、元々重度にイカれているため、そもそも問題視していなかった。


「さあ、もう気は済んだでしょ、ロッシュ! さっさと服を着なさい!」


 アイナが新しい裸封法衣ヌグナリオを手に歩み寄ったその時、むくりと身体を起こしたロッシュの背後に、突如大きな影が現れた。


「⁉」


 黒い影に驚き、反射的に身をすくめたアイナだったが、恐る恐る手元の明かりで照らしてみると、そこには幽霊や怪物ではなく、古びた一式の鎧が置かれていた。


「び、びっくりした……」

 アイナは光に照らされた鎧を見て、胸を撫で下ろした。


 鎧は鈍い光沢を反射しながら、石造りの台座の上に安置されていたが、無論その中には人の姿など無く、空っぽの状態だった。


「わわっ、なんですかこの鎧⁉ 随分と古い物みたいですけど……」

「旦那様のコレクションかしら? エリーゼメイド長、なにか知っていますか?」

「いえ。私もこんな物は初めて見ました。しかし、この鎧は……」


 土埃をかぶり薄汚れていたが、漆黒を基調とした鎧はゴツゴツと武張ぶばった形状で、どこか謎めいた威圧感を発していた。


 さらによく見れば、鎧が置かれた台座周りの地面には巨大な円形の魔方陣が描かれており、鎧そのものにも細かい魔法印ルーンを刻んだ護符ごふが、びっしりと張り巡らされていた。


「この魔方陣ってまさか、封印術式? なんだかこの鎧、嫌な感じがします……」

「そうですね……。これは下手に触れたりせず、カディル様の帰りを待つのが賢明でしょう」


 そんなアイナとエリーゼの会話に、ロッシュも全裸のままでうなずいた。


「それがいいだろうな。……しかしシンリィ。さっきの攻撃は、腰が入っていて中々良かったぞ」

「ひっ……。あ、ありがとうございます……」


 勢いでぶちのめしてしまった雇い主になぜか褒められたシンリィは、反射的に礼を述べつつも、その裸体を極力視界に入れぬよう、顔をそむけていた。


「勇気を出したシンリィには、ご褒美をやらないとな。では本邦ほんぽう初公開、我が新ポージングをお披露目しよう‼ さあ、この雄姿を、しかとその眼に焼き付けよ‼」


 言い切ったロッシュは、両腕を頭の後ろに組んで胸を張った芸術的なエビりポーズで、シンリィの元へ悪夢の全裸ジャンピングを敢行してきた。


「ひぎゃあああああああああああああっ‼」


 悪魔の再襲来に恐慌をきたしたシンリィは、絶叫と共にその細腕からは想像もできない超速の正拳突きを繰り出し、飛来してきたロッシュにクリーンヒットさせた。


「ぬぐおっ⁉ バアニングヒイイット‼」


 殴られたロッシュは、心なしか喜悦きえつの入り混じった声を上げて、後方へとぶっ飛んでいった。


 そして、ぶっ飛んでいったその先には、古びた黒い鎧が安置されていた。


 やがて、ドンガラガッシャアアンと盛大に音を立てて、エビ反り全裸男は鎧に正面から激突した。

 地下に響き渡る衝突音に、ツヴァイネイト家のメイドたちは吃驚していた。


「ちょっ、生きてますか、若様⁉」

「なんか、身体が不自然な方向に曲がってなかった⁉」

「正拳突き、おもいっきりボディにめり込んでたわよね……?」

「シンリィ、恐ろしい子……」

「ご、ごめんなさいいいいいいっ‼」

 雇い主を再びぶちのめしてしまったシンリィは、狼狽うろたえながら泣き叫んだ。


「まあ今のも、完全にロッシュの自業自得だけど……」

 アイナも呆気に取られつつ、ロッシュが吹っ飛んだ先へ駆け寄っていった。


「ロッシュ、大丈夫? ……って、あら?」


 駆け寄ったアイナは、地面に倒れた幼馴染の姿を見て、目を丸くした。


 先ほどまでは生まれたままの姿で活き活きとね回っていたロッシュだが、激突した拍子に上手くハマってしまったのか、今はその裸体の上に、重厚な鎧がスッポリと覆いかぶさっていた。


「むっ、なんだこれは⁉ 俺の美々しい裸体を覆い隠してしまうとは、なんとけしからん鎧だ‼」


 謎の怒りを訴えながら、ロッシュは装着された鎧を脱ごうと、そのふちに指をかけた。


「…………む? ぬう?」


 と、そこで、ロッシュは鎧の縁に指を添えたまま、ピタリと動きを止めてしまった。


「どうしたの、ロッシュ?」


「…………鎧が、脱げない」

「……は?」


 ロッシュの返答に、アイナはポカンと声を発した。


「今、どうにかして我が裸体を開放しようとしているんだが……どれだけ指に力を込めても、この鎧がキャストオフできないんだ」

「……はあ⁉」


 アイナの声は、思わず大きくなっていた。


「というかそもそも、俺の身体が、上手く動かない……」


 そう呟くロッシュは、立ち姿勢のままプルプルと、生まれたての象さんのように身体を震わせていた。

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