第四章 ビクビクンッ! 迫り来る脅威

48.ガンダーラ、何処かにあるユートピア

「さあ、俺の裸体を見よ‼ ふはははは‼」

「キャー! 若様がまた脱いだわ‼」

「総員、『フォーメーションB』で迎撃準備‼」

「まずい‼ またシンリィの方に行ったわよ‼」


 ここは、かつて世界を救った大魔法使い、カディル・ツヴァイネイトのお屋敷。


 その立派なお屋敷では今日も、服を脱ぎ捨てた孫のロッシュ・ツヴァイネイトの哄笑こうしょうと、メイドたちの喧騒が響き渡っていた。


「さあ、シンリィ! 俺の裸体を隅々まで、しかとその網膜に焼き付けるんだ!」

「ぴぎゃあああああっ! こっちに来ないでください、ロッシュ様あああっ‼」


 新人メイドのシンリィ・フクツキュールが、裸に純白のシーツだけをマントのように羽織はおったシルク・ド・ロッシュに追い立てられて、泣き叫んだ。


「待ちなさい、ロッシュ‼ 師匠が不在なのに、馬鹿なことやってる場合じゃないでしょ‼」


 幼馴染のアイナ・アーヴィングが、シルクの申し子と化した変態を捕まえようと、走りながら怒鳴った。


「なにを血迷ったことを言っているんだ、アイナ! じいさんがいない今だからこそ、こうして露出に励んでいるんだろう‼ 我がヌーディスト・シルクロードをはばむことは、何者にも許されないのだ‼ おお、ガンダーラ‼」

「血迷ってるのはあなたでしょ‼ この異常嗜好者‼」


 叫びながら、ロッシュの動きを止めるために魔法を数発放つアイナ。


 だがロッシュは、天才的な敏捷性を駆使してそれらを全てかわし、同時にシンリィを、廊下すみの行き止まりへと追い詰めていた。


「さあ追い詰めたぞ、シンリィ。なあに、怖がることは無い。キミが俺の裸体をじっくり観察して感じた想いを、赤裸々に伝えてくれればいいんだ……」

「ひいいっ‼」


 壁際に追い込まれたシンリィは、ロッシュを直視しないよう必死に目をつむっていたが、ロッシュの方はそれをいいことに、股の辺りをずいずい強調しながら、変態秒速五センチメートルの速さでシンリィとの距離を詰めていった。


「さあ、どうした? キミが想いを言葉にできないというのなら、感想文をしたためる形でも構わないぞ? それがツヴァイネイト家の新人メイドに課せられた、夏休みの宿題だ。ああ、なんと素晴らしき、ひと夏のアバンチュール……」


 己が裸体をメイド少女に近づけるロッシュは、この時、至上の幸福に満たされていた。


 ……だが、その幸せな時間も、長くは続かなかった。


「……いやああああああああああああっ‼」


 顔を真っ赤にして叫んだシンリィは、屋敷内を逃げ回るドサクサで手に掴んでいた鉄のフライパンを、ロッシュの顔面におもいきり叩きつけた。


「ふぶごおっ⁉」


 その殴打力は予想外に凄まじく、高速で床方向にぶち倒されたロッシュは、そのまま屋敷の床を突き破って、ドギャボコオンッという派手な音と共に、地中深くへと落下していってしまった。


「ロッシュはこっちね‼ ……って、なに、このおっきな穴⁉」

 ロッシュを追ってきたアイナは、床にポッカリ空いた大穴を見て、驚きの声を上げた。


「あ……あれっ? 私、無我夢中で、思わず……。こ、これ、私がやっちゃったの⁉」

 ロッシュをぶちのめしたシンリィは、我に返って慌てふためいた。


「シンリィ。たった一人で若様の蛮行を止めるとは見事です。あなたもようやく、ツヴァイネイト家のメイドとして自覚が芽生えてきたようですね」


 アイナと同じくロッシュを追ってきた筆頭メイド、エリーゼ・キャメルクラッチが、なぜか感慨深げにシンリィを褒め称えた。


「まさかシンリィが、こんな怪力だったなんて……。ロッシュ、生きてるかしら?」


 幼馴染の安否を一応気遣きづかいつつ、アイナは床に穿うがたれた大穴を覗いてみた。


 穴の中は思った以上に深いようで、真っ暗な闇以外にはなにも見えなかったが、そこでアイナはふと、あることに気が付いた。


「あれ……? エリーゼさん、かすかだけど穴の奥から、風の流れを感じます。もしかしてこれ、元々地下になにか、空間があったんじゃ……」

「? この屋敷に地下室があるなど、聞いたことはありませんが……確かに、なにやら広いスペースがありそうですね」

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