47.俺たちの戦いは、これからだ

 その後、騎士団の第三部隊はモノゴッツタケー高地での辺境調査を終えて、無事ローヴガルドへ帰還を果たした。


 その際、討伐したレッドドラゴンの頭部を王都に持ち帰ったことで、カインの偉業はたちまち多くの国民に知れ渡ることとなり、彼は一躍、時の人となった。


 だがカインは、自身の功績や人々の賛辞におごること無く、「今回のドラゴン討伐に際しては、魔法科のロッシュ・ツヴァイネイトの貢献が極めて大きかった。私はたまたまトドメを刺す機会に恵まれただけで、真に称賛されるべきは彼の方です」と公表した。


 この騎士科首席の発言によって、ヌーダストリア学園の騎士科生徒たちの間でも、ロッシュや魔法科に対する偏見を改める者が増え、両学科の対立関係は、大きな改善のきざしを見せたのだった。


 ……だが、今回の遠征は、良い結果だけをもたらしたわけではなかった。



■□■□■□



 ツヴァイネイト家の屋敷に帰ったロッシュとアイナは、祖父のカディルに、辺境調査の詳細を報告していた。


「まさか、モノゴッツタケー高地にレッドドラゴンとは……あり得んことじゃ」

 そう呟いたカディルの声は、非常に重々しかった。


「ドラゴンの幼生は一匹しか確認されなかったが、高地をくまなく調査したところ、ドラゴンの卵らしき物体がいくつか発見された。それらは全て魔法で焼却したが……レッドドラゴンがあの場所を繁殖地にしようとしていたのは、間違いないだろう」

「師匠、これは一体……」


 ロッシュの説明に続きアイナが問うと、カディルは「むう……」とうめいた。


「この前のエンペラースライムといい、今回のレッドドラゴンといい……近頃の魔物たちの動向は、どう考えてもおかしい。だがこれは、五十年前の状況によく似ておる……」

「五十年前って、まさか……」


「うむ。魔王が地上を支配していた、『剣姫戦争けんきせんそう』の頃じゃ。やはり封印門ゲートに、なんらかの異変が生じておるのか……」


 カディルの言葉に、ロッシュとアイナは息を呑んだ。


「となれば、事態は急を要する。ワシはすぐに、封印門の調査におもむかねばならん。万一の場合、封印門にほどこされた魔法術式を修復できる人間は、ワシしかおらんからな」


 剣姫戦争終結後、大魔法使いカディルによって魔界とゼン・ラーディスの境界に封印門が作られたことで、世界には一時的な平和が訪れた。


 以後五十年間、この封印門が破られることは一度も無かったが、もしそんな事態が起きたりすれば、魔界から再び大量の魔族や魔物が攻めて来ることは必至だった。


「ロッシュ……ワシが留守の間、ローヴガルドとツヴァイネイト家を頼むぞ。もしワシの身になにかあれば、お前がこの家の次期当主となるんじゃからな」

「……分かっている。留守は、俺に任せてくれ」


 祖父の言葉にシリアスな空気を感じ取ったのか、ロッシュはいつもの変態的言動とは打って変わって、真摯しんしな表情でうなずいた。


 そして数日後、カディルは封印門が設置されている「ムラムウラ山脈」に向けて、魔法兵団の小隊と共にローヴガルドを出立していった。


 その姿をロッシュと共に見送ったアイナは、胸中にどこか漠然とした不安を抱かずにいられなかった。



■□■□■□



 その頃、ローヴガルド王国から遠く離れた地にある、ムラムウラ山脈。


 陰鬱いんうつとした薄闇に包まれた深い山奥には、荒廃した一つの古城が存在していた。


 蒼然そうぜんとしていながらも広大なその城はかつて、世界を恐怖で支配した魔王「ダークハドリー」が、地上支配の本拠地としていた場所だった。


 ダークハドリーは、魔界から異次元の道を開いてゼン・ラーディスに侵攻し、その膨大な力を以て人間界の支配領域を拡大していったが、五十年前の戦争で剣姫マリナベル・ラスタリアらによって倒され、その野望を自らの命と共に砕かれた。


 その後、魔界と空間が繋がったままとなってしまった古城の最奥部にカディルの手で封印門が建造され、強大な魔界の脅威は、ゼン・ラーディスから消え去っていった。


 ……だが今、その封印門の奥からは、強烈に濃い魔の気配が発せられており、そこからあふれる闇の力が、封印門に施された術式の魔力を、徐々に上回ろうとしていた……。

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