４６．天翔けよ、必殺の剣
「俺がレッドドラゴンの動きを止めている間に、その剣でトドメを刺すんだ、カイン‼」
「なんだって⁉ 私が⁉」
宙を疾駆する全裸ロッシュの言葉に、カインは耳を疑った。
「俺の魔法だけでは、こいつを仕留めることはできない‼ だが俺の攻撃に加えて、その剣を使えばいけるはずだ‼ 頼むぞ‼」
言い切ったロッシュは再びレッドドラゴンに向き直り、水魔法を連射していった。
ドラゴンは目まぐるしく放たれるロッシュの魔法に気を取られ、その肉体には大小無数の傷を生じ、さらに動きを鈍らせていった。
ロッシュの猛攻はしばらくの間続いていたが、やがて、計ったようにピタリと、レッドドラゴンの動きが完全に停止する瞬間が訪れた。
その瞬間を直前に察知したカインは、ロッシュから受け取った氷剣を手に、全速力で駆け出していた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
勇ましい雄叫びを発し、ドラゴンの数メートル手前まで疾走したカインは、スピードの勢いを活かして、一気に空中へと飛翔した。
その跳躍はレッドドラゴンの顔面近くにまで達し、全裸パラディンロッシュに攻められ続けていた巨竜は、そこで初めて、迫りくるカインの存在に気が付いた。
だがそれに構わず、カインは両手に持った氷剣を、全身全霊の力を以て振りかぶった。
「くらえ‼
雄々しい咆哮と共に、超高濃度の魔力が込められたカインの斬撃が、レッドドラゴンの首を真っすぐに捉えた。
そしてぶつかった氷刃は、レッドドラゴンの首を一刀の元に両断し……そのまま巨大な頭部を、宙に跳ね飛ばした。
跳ね飛ばされた頭部は、多大な衝撃を伴って地面に墜落し、続いて首を失ったレッドドラゴンの胴体先端から、鮮血が溶岩流のように
レッドドラゴンは断末魔の悲鳴を発する間も無く、ロッシュの股間から魔力を注入された氷剣によって、その命を絶たれたのだった。
一方、レッドドラゴンの首が墜落するよりわずかに早く地上に着地していたカインは、そこでプハアッと息を吐き出した。
「やった……のか？」
カインが声を漏らすと、離れた場所にいた騎士たちが、「おおおおおっ」と歓声を上げた。
喜び勇んだ騎士たちは、そのままカインの元へ、一斉に押し寄せていった。
「凄いぞカイン‼ まさか、あのレッドドラゴンを倒してしまうとは‼」
「こいつは、とんでもない大金星だ‼」
「ドラゴンの首を剣で一閃なんて、まるで物語に出てくる勇者みたいじゃねえか‼」
「あの首を王都に持って帰れば、皆たまげるぞ‼ いや、見事だった‼」
先輩騎士たちの賛辞に戸惑いつつ、「ど、どうも……」と告げたカインは、氷剣の
「私が、あんな巨大なドラゴンを……本当に、この手で……」
未だ掌に残る熱い感触を噛みしめるように、カインは呟いた。
その掌に残る熱の一因には、剣の柄に染み込んだロッシュの股間のぬくもりも幾分か含まれていたのだが、感極まったカインは、その事実に気付いてはいなかった。
「本当に見事な剣技だったよ、カイン」
そこで、いつの間にか地上に降り立っていたロッシュが、カインの肩に手を置いた。
戦闘中は全裸乗馬のフリーダムを満喫し踊り狂っていた彼だったが、戦闘を終えた直後、アイナが用意していた
そんなロッシュの精悍な顔を見て、カインはフルフルと首を横に振った。
「いや……。奴を倒すことができたのは君のおかげだ、ロッシュ・ツヴァイネイト。君の魔法が無ければ、私の力だけでレッドドラゴンの首を斬ることなど、まず不可能だっただろう」
「確かにあの方法を使えたのは、大量の魔力を刀身に蓄積できる名剣『
そう言って、ロッシュは自らの右手をカインに差し出した。
「ロッシュ・ツヴァイネイト……」
「ロッシュと呼んでくれて構わない」
「……ありがとう、ロッシュ」
カインは礼を告げて、ロッシュの差し出した手を素直に握り返した。
それは、遠征前の二人の関係からは、とても考えられない光景だった。
「……だが、どうして魔力を込めた氷剣を、わざわざ私に投げて返したんだ？ あのまま君自身が、剣を使うこともできただろう？」
カインが指摘すると、ロッシュはニコリと、人好きのする笑みをたたえていた。
「挌技場で手合わせした時にも言っただろう？ 俺は、『正式な剣術を習ったことの無い素人』だと。あそこでは、キミに任せる方が確実だと思ったんだ」
「…………そうか」
それだけ言って、カインも笑った。
ロッシュは謙遜しているが、あの場面で彼自身がレッドドラゴンにとどめを刺すことなど、きっと造作も無かったはずだ。
だが彼は
ロッシュ・ツヴァイネイトという男にとって、「魔物を倒して手柄を立てる」とか、「周囲の人間から称賛を浴びる」などというのは、きっと些末な事柄に過ぎないのだ。
彼は直感的に、「人間が真に尊重し、
理解しているからこそ、何物にも束縛されず、己の信じる道を
なんと大きな度量を持った男なのだろう。
今なら、素直に認めることができる。
私の、完敗だと。
カインはロッシュの心意気に感嘆していたが、ぶっちゃけそれは、完全な過大評価だった。
確かにロッシュはレッドドラゴンのトドメをカインに譲ったが、ロッシュ的にはあの場面で空中露出乗馬を楽しむことさえできれば、別に誰がレッドドラゴンを倒してもよかったのだ。
そんな事実を知らず、先祖代々の名剣をロッシュの股間で汚されたこともすっかり忘れているカインは、ロッシュをひたすら褒めちぎっていた。
「私は、君を誤解していた。服を焼かれてしまった自らの
「大間違いどころか、それで大正解です！」と口にしかけたアイナだったが、憑き物が取れたように晴れ晴れした様子のカインに水を差すのも
かくして、ヌーダストリア学園の魔法科首席と騎士科首席は、完全結果オーライの形で、新たな友情を成立させたのだった。
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