45.絶対零度の刃が光る

「おお、また飛んだぞ‼」

「あれが浮遊魔法……。あんな高等魔法を易々操るとは、聞きしに勝る魔力の持ち主だな」

「ああ。それに、なんと美しい裸体だ……。堂々と馬にまたがるあの雄姿は、まるで神話の一幕を見ているようだ……ごっくん(生唾を飲み込む音)」


 残映ざんえいを浴びてテカテカ輝くロッシュの裸体は、見る人によっては神々しさと生命力にあふれていたようだが、アイナには、タガの外れた野生の変態が、本能のおもむくままに踊り狂っているようにしか見えなかった。


「ふはははは‼ ほらほらどうした、レッドドラゴオオオオン‼」


 当の変態は、念願の全裸になったハイテンションで空をブランブランと飛び回り、そこから強力な攻撃魔法を何発も唱えて、レッドドラゴンを攻め立てていた。


「あんな姿で、あのように生き生きと……。挌技場での勝負の時も思ったが、奴はなんて、自由な男なんだ……」


 そうひとちたのは、カイン・レッドバースだった。


「自らの家柄や名声にこだわらない、既存の戦い方や固定観念に束縛されない、そして、自らの醜態をさらすことも意に介さない。あれこそがまさに、真なる『不羈ふきの才』ということか……。私は今、目からうろこが落ちる思いだ……」


 感極まったカインを横目に、「いや、買いかぶり過ぎです。あれはただの、どうしようもない変態男です」と思ったアイナだったが、なんだか色々面倒になってきたので、スルーを決め込むことにした。


 そんな地上の人々の心情などつゆ知らず、ロッシュは水魔法による猛攻を続けていた。


 先端を針のように尖らせた特大水柱をいくつも現出させ、それをレッドドラゴンの巨体に間髪入れずにぶつけていく。


 たった一人の魔法攻撃によって、レッドドラゴンの堅牢な装甲には徐々に亀裂が生じていき、その動きを確実に鈍らせていた。


 だが、レッドドラゴンの頑強さも相当なもので、ロッシュが詠唱する水柱をしこたまくらっても、致命傷に至るダメージは与えられていなかった。


「さすがの硬さだ。やはり、一筋縄ではいかないな。ならば……」

 空中で呟いたロッシュは、地上に待機している騎士団の方へと視線を転じた。


「カイン・レッドバース‼ あんたの剣を、こちらに投げて寄こしてくれ‼」

「なんだと⁉」

 ロッシュの予期せぬ要求に、カインは目を見開いた。


「今のままでは、攻撃の決め手に欠ける‼ レッドドラゴンを倒すには、あんたの協力が必要なんだ‼ 頼む‼」


 全裸パラディンナイトのロッシュは、まさに変態の生き字引と言うべきヤバい姿だったが、その声には、有無を言わせぬ迫力があった。


 今までのカインなら、そんな変態の要求など即座に拒絶していたはずだが、ロッシュの身をていした戦いぶりを目の当たりにしたことで、その心情には大きな変化が生じていた。


「…………分かった。受け取れ、ロッシュ・ツヴァイネイト‼」


 意を決して叫んだカインは、自身の持っていた剣を、上空のロッシュに向けて勢いよく投擲とうてきした。


 そしてロッシュは、投げられた剣を空中で掴み取ると、そこから馬の背に立ち上がって両脚を開き、なんと自らの股に、剣のつかをジャストフィットで挟み込んでしまった。


「なっ⁉ なにを⁉」


 先祖代々受け継いできた名剣をまさかの股間に挟み込まれたカインは、声を上ずらせた。


「おお……やはりこれは『魔封剣まふうけん』か。これならいけるぞ! フィンリーヤ冷気よカチチーカ硬き刃にマタラン宿りコカン我が股間をマグターラ凍土とキチモーイ交わらせよ……」


 ロッシュが魔法を詠唱すると、股間に挟み込まれた剣の根元からジワジワと冷気が生じ、やがて全ての刃をおおう形で、元の刀身の数倍にも及ぶ巨大な氷刃が形成されていった。


「よし、成功だ‼ 素晴らしい剣が完成したぞ‼」


 ロッシュは股間で生成したその氷剣を、自らの腰のピストン反動を使って、再び地上に投げ返した。


 ロッシュの股から発射された氷剣は、カインの至近の地表面に、猛スピードで突き刺さった。


「この剣は……⁉」

「なんと……これは‼ カインの剣に、『氷魔法』の属性強化をほどこしたのか⁉」

 騎士隊長が、その氷剣を見て驚嘆の声を上げた。


「氷魔法は、『水』と『風』の霊素エレスを魔法回路内で融合して生み出される、派生属性。いわば、基礎五属性の一段上に属する応用魔法だ。それをほとんど一瞬で、しかも武器に付与する形で詠唱してみせるとは……。なんと高等な魔法技術だ!」


「ロッシュ・ツヴァイネイトの股間で生み出された、魔法の剣……」


 地面に突き刺さった氷剣の柄を掴み、それを抜き取ったカインは、極光のきらめきを放つ氷刃の美しさに、身震いを禁じ得なかった。

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