43.天才は騎乗テクも一流

「待て、カイン候補生‼ なにをする気だ⁉ 戻れえええ‼」


 他の騎士たちの制止も聞かず、あっという間にドラゴンの足元まで達したカインは、手にしていた剣を、思いきり振りかぶった。


「あああああああああああああっ‼」


 裂帛れっぱくの気合と共に、大樹のように太いドラゴンの右脚へと振り下ろされる刃。


 だが幼生ならまだしも、完全な成体となったドラゴンに物理攻撃で傷をつけることは至難の技で、カインが振るった刃は、堅牢なレッドドラゴンの鱗に真正面からはじかれてしまった。


「……ぐうっ‼」

 弾かれた剣から掌に伝わる反動に、苦鳴を発するカイン。


 そしてレッドドラゴンは、自らに斬りかかってきた不届き者の存在をすでに認識しており、頭部を素早く下方に傾けると、ガパッと開いた口蓋を一気に輝かせた。


「速すぎるっ……‼」

 瞠目したカインに向けて、無情にも放たれる業火。


 迫り来る熱気に死を覚悟したカインは、反射的に両目をつむり、全身を強張らせた。


「…………ん?」


 だが、カインの身体は、炎に焼き尽くされてはいなかった。


 恐る恐る開いた眼前には、ぷよぷよした質感の巨大な水壁が形成されており、放たれたドラゴンの炎を、カインの身に達する寸前でどうにか遮断していた。


「これはっ……⁉」

「ギリギリ間に合ったか……」


 言いながら馬で駆け寄ってきたのは、ロッシュだった。

 彼がとっさに唱えた水魔法によって、カインは命を救われていたのだった。


「ロッシュ・ツヴァイネイト⁉ 貴様、なぜ……」

「いいから早く、そこの負傷者を連れて下がれ! こいつは、あんた一人でどうにかできる相手じゃない!」


 そこで、獲物を仕留め損ねたレッドドラゴンがうなりを上げて、鋭い爪を振り下ろしてきた。

 ロッシュはそれを、見事な操馬技術によって回避する。


「今は犠牲を広げないよう、この場を撤退することが先決だ! 後方で他の騎士たちと共に、準備を整えろ!」

「だが、貴様はどうするんだ⁉」

「時間稼ぎ役なら、俺が一番適している。こういう時こそ、魔法の出番だろう」


 そう言い切ったロッシュの身体が、乗っていた馬ごと、浮遊魔法で宙に浮かび上がった。


 てっきりカインと一緒に逃げるものだと思っていたロッシュの乗馬は、「ブルッフォフォオオッ⁉(マジかよ⁉)」と仰天して、初めての空中浮遊に目を飛び出させた。


「すまんが、お前まで逃がしている余裕は無さそうだ。一緒に時間稼ぎに付き合ってもらうぞ」

 ロッシュはそう謝罪して、ガビーンと鼻水垂らした馬の首筋をポンポンと叩いた。


 一方レッドドラゴンは、突然空中に浮かんできたロッシュと馬を仕留めようと、巨大な頭部や腕を力任せに振り回して襲いかかってきた。


 その迫力と暴風のような猛攻に、ぶっちゃけ馬の方は失禁寸前だったが、ロッシュの針に糸を通すような浮遊魔法操作によって、全ての攻撃を器用にくぐっていった。


「カイン、今の内に退くんだ! 早く‼」

「ロッシュ・ツヴァイネイト……」


 冷静さを取り戻したカインは、負傷した騎士を急いで助け、自分の馬の後ろに乗せると、すでに退避を終えていた団員たちの元へと駆け出していった。


 あの必死さ……。

 私はロッシュ・ツヴァイネイトという男を、完全に誤解していた。

 彼は決して、自身の家名や地位に胡坐あぐらをかいて威張り散らすような愚か者ではなかった。

 他人を救うためには自らの危険もかえりみず、死地に飛び出す勇気を持った男。

 むしろこれでは、私の方が彼の足を引っ張っているではないか。 

 無謀な単独行動など取らず、初めから彼と連携を図っていれば……。


 自らの行動を悔やみつつも、カインはどうにか後退に成功し、他の騎士たちと合流を果たした。


 その姿を遠目に確認して、ロッシュは安堵の息を吐いた。


「よし、合流できたか。これでどうにか……」


「ロッシュ、危ない‼」

「‼」


 アイナの叫びを受け、一瞬の隙を自覚したロッシュだったが、レッドドラゴンはそれを見逃さなかった。


 巨竜の口からほぼゼロコンマで放たれた火球は、ロッシュを乗っていた馬もろとも全て飲み込み、そこから凄まじい爆発を引き起こした。


 爆発の余波で、あっという間に周囲の視界を遮断していく、大量の黒煙。


 さらにレッドドラゴンは、ダメ押しとばかりに業火を吐き続け、高山地帯に残るわずかな安全地帯をも、燃え盛る炎で埋め尽くしていった。

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