40.騎士太郎も苦労したんです

「あ」

「おお、噂をすれば」

「……うっ」

 先に気付いたロッシュたちが声を掛けると、カインは気まずそうな渋面じゅうめんを浮かべて、軽く後ずさった。


「見ていたぞ、今日の戦い。先日俺とやり合った時より、いい動きをしていたじゃないか」


 このロッシュの感想を聞いたカインの渋面は、一層皺が深くなっていった。


「……白々しい賛辞は結構だ。所詮私など、魔法科の貴様にすら敵わない未熟者。強者に上から目線で褒められても、全くいい気はしない。むしろ、みじめになるばかりだ」


 カインの口ぶりに、アイナは「かなりこじらせてるな……」と感じたが、先日の負けを考えれば、それも仕方ないように思えた。


 今まで実直に剣の腕を磨いてきた男が、変態魔法使いの変態剣技にすべも無かったのだ。

 騎士科首席としての自信も矜持も、ズタボロになっているに違いなかった。


「別に俺は、上から目線で物を言っているつもりは無いぞ? ただ、素直な感想を伝えただけだ。あんた、自分のことを卑下しすぎなんじゃないか?」


 そのロッシュの言葉に、カインはカッと目を見開いた。


「貴様になにが分かる‼ 貧しい平民の出だからと言って、中等部の頃から私が、上流階級出身の連中にどれだけさげすまれてきたか‼ そしてそれを見返すために、どれだけ厳しい鍛錬を積んできたか‼ その長年の努力が、先日の貴様との戦いで、完璧に否定されてしまったんだ‼ この惨めな気持ちが、貴様のように血筋にも才能にも恵まれた人間に、理解できるものか‼」


 まくし立てるように激情を吐露したカインに対して、ロッシュの反応は落ち着いていた。


「その様子だと、随分辛い思いをしてきたようだな。だが俺に負けたからといって、今まであんたが積み重ねてきたものが、全て否定されてしまうなんてことは無いだろう?」

「……なに?」

 カインは、ロッシュをキッとにらみつけた。


「この前あんたが負けたのは、変幻自在の俺の剣に動揺して、柔軟に普段の実力を発揮できなかったからだ。要するに、心構えが足りていなかっただけのこと。それなのになぜ、自らの努力を全面的におとしめて、必要以上に自分を追い込んでしまうんだ?」

「な、なんだと⁉」

「ちょっと、ロッシュ……」


 たしなめるようにアイナが口を挟んだが、ロッシュは言葉を止めなかった。


「それに、家柄が良い人間を十把一絡じっぱひとからげに敵視するのも、良くないと思うぞ。確かに俺のじいさんは世界を救った英雄だし、ツヴァイネイト家が裕福なのも認める。だが俺は、平民出身の人間を馬鹿になどしていないし、じいさんの威名を笠に着ているつもりもない。そこの所は、誤解しないでもらいたいな」


「…………っ‼」

 なにかを言い返そうとしたカインだったが、そこでグッと声を詰まらせた。


「あんたも剣の腕は、かなりのモノを持っているんだ。この前の負けが悔しかったというなら、また鍛錬を重ねて挑んでくればいい。暇な時なら、いつでも相手になるよ」

「…………」


 悪意を感じさせぬロッシュのその言葉に、カインはそれ以上食ってかかることはせず、やや戸惑いながら、テントから離れようと身をひるがえしかけた。


「ちょっと待て。あんた、今日の戦闘で足に怪我をしていただろう? 折角なら治療していったらどうだ?」

「なっ⁉ なぜそれを……」

 カインは、歩調を乱して振り返った。


「動きを見れば分かるさ。アイナ、怪我の程度は軽いようだから、治癒魔法をかけてやってくれ」


 言われてアイナが歩み寄ると、確かにカインの右足首の辺りに、わずかに包帯が覗き見えていた。


「し、失礼します……」

 躊躇ためらいがちに言いながら、聖魔法の回復をほどこすアイナ。


 やがて短時間で治療が終わると、カインはアイナに「すまない」とだけ告げて、テントを去っていった。


 その姿を見送ったアイナが、ふうっと息を吐いた。


「ロッシュがズバズバ言うからヒヤッとしたけど……大丈夫だったわね」

「ああ。ちゃんと他人の話を聞く耳も持っていたようで安心した。彼ならその内、俺の露出趣味にも多大な理解を示してくれるかもしれないな……」

「そんな日は、永遠に来ないわよ!」


 アイナは、真面目腐った顔で妄言を垂れ流す変態に叫んだ。



■□■□■□



 一方、テントを離れたカインは、困惑した表情を浮かべていた。


「一体どういうつもりだ、あの男は……」


 やたらと自信に満ちた物言いではあったが、言っていること自体に間違いは無く、貴族出身の馬鹿息子のような厭味いやみも感じられなかった。

 自分が誤解していただけで、ロッシュ・ツヴァイネイトは決して、悪い人間ではないのかもしれない……


 そう思いかけて、カインはぶんぶんと頭を振った。


「いや。名門家系の人間など、簡単に信用できるものか。所詮は、自分のプライドと保身を真っ先に優先するような奴らだ……」

 カインは自身の腰に下げた剣を見つめ、そう呟いた。


 やや年季は入っているが、上質な素材で仕上げられた剣鞘けんざやと、そこに刀身を収めた、精緻な造形の剣柄けんつか


 その剣「魔封剣まふうけん」は、カイン・レッドバースの家で先祖代々受け継がれてきた、名剣と言える一品だった。


 レッドバース家は平民の家系ではあるが、カインの祖父も父も、ローヴガルド騎士団の一員に名を連ね、戦場で勇敢に戦ってきた。


 祖父は騎士団の分隊長として、かつての「剣姫戦争」を戦い抜き、父もまた、カインが幼少の頃は、騎士団で一、二を争うほど優れた剣の腕を有していた。


 しかし、当時の騎士団は貴族階級や名門出身者が幅を利かせ、まだ差別的な風潮も残っていたため、彼らはカインの父を平民出身というだけで見下し、その実力を決して認めようとしなかった。


 それでもカインの父は腐ること無く、騎士団で地道に実績を重ねながら、軍上層部へ平民出身者の待遇改善などを訴え続けた。


 その活動や、現ローヴガルド国王の政治改革などによって、騎士団の旧態依然とした体制は変化を見せ、徐々に身分や血統でなく、個人の実力が重視されるようになっていった。


 だがその最中さなか、カインの父は、魔物との戦いで命を落としてしまう。


 辺境地域での任務中、魔物の大群の襲撃に遭い、逃げ遅れた他の団員を守るため、自らしんがりとなって戦い続け、力尽きたのだった。


 そしてカインの父が守ったのは、彼を平民とあざけり続けていた、貴族出身の団員たちだった。


 カインは父の行いを、決して愚かだとは思わない。

 悔しい気持ちはあったが、自らの正義にじゅんじた父を誇りに思い、父のような立派な騎士になろうと、成長してヌーダストリア学園の門を叩いた。


 だが入学した騎士科の中等部で、カインは父と同じように、貴族出身の上級生たちから、様々な嫌がらせを受けた。


 何より彼を失望させたのは、その嫌がらせをしてきた連中の幾人かが、かつて父が助けた貴族団員たちの子息だった、ということだった。


 どれだけ正義に殉じようとも、その真情が全く響かない人間は存在する。


 その事実に絶望したカインは、上流階級の人間を敵視し、決して実力で彼らに負けないよう、厳しい鍛錬を重ねてきた。


 数年後、騎士科の首席まで上り詰め、ジーク王子に一目置かれたことで、学園の風紀委員長にも任命されたが、それによってカインの暗い気持ちが晴れることは無かった。


 そして、そんな彼の前に突如現れた天才魔法使い、ロッシュ・ツヴァイネイト。


「あの男の考えがなんであれ……私は、奴のような人間に負けるわけにはいかない。平民でも決して名門の天才に劣らないのだということを、父のように自らの手で示さなければ……」


 そう独り言ち、カインは腰の剣鞘を強く握りしめた。

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