40.騎士太郎も苦労したんです
「あ」
「おお、噂をすれば」
「……うっ」
先に気付いたロッシュたちが声を掛けると、カインは気まずそうな
「見ていたぞ、今日の戦い。先日俺とやり合った時より、いい動きをしていたじゃないか」
このロッシュの感想を聞いたカインの渋面は、一層皺が深くなっていった。
「……白々しい賛辞は結構だ。所詮私など、魔法科の貴様にすら敵わない未熟者。強者に上から目線で褒められても、全くいい気はしない。むしろ、
カインの口ぶりに、アイナは「かなり
今まで実直に剣の腕を磨いてきた男が、変態魔法使いの変態剣技に
騎士科首席としての自信も矜持も、ズタボロになっているに違いなかった。
「別に俺は、上から目線で物を言っているつもりは無いぞ? ただ、素直な感想を伝えただけだ。あんた、自分のことを卑下しすぎなんじゃないか?」
そのロッシュの言葉に、カインはカッと目を見開いた。
「貴様になにが分かる‼ 貧しい平民の出だからと言って、中等部の頃から私が、上流階級出身の連中にどれだけ
まくし立てるように激情を吐露したカインに対して、ロッシュの反応は落ち着いていた。
「その様子だと、随分辛い思いをしてきたようだな。だが俺に負けたからといって、今まであんたが積み重ねてきたものが、全て否定されてしまうなんてことは無いだろう?」
「……なに?」
カインは、ロッシュをキッと
「この前あんたが負けたのは、変幻自在の俺の剣に動揺して、柔軟に普段の実力を発揮できなかったからだ。要するに、心構えが足りていなかっただけのこと。それなのになぜ、自らの努力を全面的に
「な、なんだと⁉」
「ちょっと、ロッシュ……」
たしなめるようにアイナが口を挟んだが、ロッシュは言葉を止めなかった。
「それに、家柄が良い人間を
「…………っ‼」
なにかを言い返そうとしたカインだったが、そこでグッと声を詰まらせた。
「あんたも剣の腕は、かなりのモノを持っているんだ。この前の負けが悔しかったというなら、また鍛錬を重ねて挑んでくればいい。暇な時なら、いつでも相手になるよ」
「…………」
悪意を感じさせぬロッシュのその言葉に、カインはそれ以上食ってかかることはせず、やや戸惑いながら、テントから離れようと身を
「ちょっと待て。あんた、今日の戦闘で足に怪我をしていただろう? 折角なら治療していったらどうだ?」
「なっ⁉ なぜそれを……」
カインは、歩調を乱して振り返った。
「動きを見れば分かるさ。アイナ、怪我の程度は軽いようだから、治癒魔法をかけてやってくれ」
言われてアイナが歩み寄ると、確かにカインの右足首の辺りに、わずかに包帯が覗き見えていた。
「し、失礼します……」
やがて短時間で治療が終わると、カインはアイナに「すまない」とだけ告げて、テントを去っていった。
その姿を見送ったアイナが、ふうっと息を吐いた。
「ロッシュがズバズバ言うからヒヤッとしたけど……大丈夫だったわね」
「ああ。ちゃんと他人の話を聞く耳も持っていたようで安心した。彼ならその内、俺の露出趣味にも多大な理解を示してくれるかもしれないな……」
「そんな日は、永遠に来ないわよ!」
アイナは、真面目腐った顔で妄言を垂れ流す変態に叫んだ。
■□■□■□
一方、テントを離れたカインは、困惑した表情を浮かべていた。
「一体どういうつもりだ、あの男は……」
やたらと自信に満ちた物言いではあったが、言っていること自体に間違いは無く、貴族出身の馬鹿息子のような
自分が誤解していただけで、ロッシュ・ツヴァイネイトは決して、悪い人間ではないのかもしれない……
そう思いかけて、カインはぶんぶんと頭を振った。
「いや。名門家系の人間など、簡単に信用できるものか。所詮は、自分のプライドと保身を真っ先に優先するような奴らだ……」
カインは自身の腰に下げた剣を見つめ、そう呟いた。
やや年季は入っているが、上質な素材で仕上げられた
その剣「
レッドバース家は平民の家系ではあるが、カインの祖父も父も、ローヴガルド騎士団の一員に名を連ね、戦場で勇敢に戦ってきた。
祖父は騎士団の分隊長として、かつての「剣姫戦争」を戦い抜き、父もまた、カインが幼少の頃は、騎士団で一、二を争うほど優れた剣の腕を有していた。
しかし、当時の騎士団は貴族階級や名門出身者が幅を利かせ、まだ差別的な風潮も残っていたため、彼らはカインの父を平民出身というだけで見下し、その実力を決して認めようとしなかった。
それでもカインの父は腐ること無く、騎士団で地道に実績を重ねながら、軍上層部へ平民出身者の待遇改善などを訴え続けた。
その活動や、現ローヴガルド国王の政治改革などによって、騎士団の旧態依然とした体制は変化を見せ、徐々に身分や血統でなく、個人の実力が重視されるようになっていった。
だがその
辺境地域での任務中、魔物の大群の襲撃に遭い、逃げ遅れた他の団員を守るため、自らしんがりとなって戦い続け、力尽きたのだった。
そしてカインの父が守ったのは、彼を平民と
カインは父の行いを、決して愚かだとは思わない。
悔しい気持ちはあったが、自らの正義に
だが入学した騎士科の中等部で、カインは父と同じように、貴族出身の上級生たちから、様々な嫌がらせを受けた。
何より彼を失望させたのは、その嫌がらせをしてきた連中の幾人かが、かつて父が助けた貴族団員たちの子息だった、ということだった。
どれだけ正義に殉じようとも、その真情が全く響かない人間は存在する。
その事実に絶望したカインは、上流階級の人間を敵視し、決して実力で彼らに負けないよう、厳しい鍛錬を重ねてきた。
数年後、騎士科の首席まで上り詰め、ジーク王子に一目置かれたことで、学園の風紀委員長にも任命されたが、それによってカインの暗い気持ちが晴れることは無かった。
そして、そんな彼の前に突如現れた天才魔法使い、ロッシュ・ツヴァイネイト。
「あの男の考えがなんであれ……私は、奴のような人間に負けるわけにはいかない。平民でも決して名門の天才に劣らないのだということを、父のように自らの手で示さなければ……」
そう独り言ち、カインは腰の剣鞘を強く握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます