39.お祈りは、誠意を込めて全力で

 やがて一行は、ローヴガルド近辺の草原地帯を抜けて、モノゴッツタケー高地に続く峠道を進んでいった。


 その途次、幾度も魔物の群れが襲いかかってきたが、そこはさすが、王国騎士団の精鋭たち。

 凶暴な魔物に気圧けおされることも無く、優れた剣の腕で次々に敵をほふっていった。


「やはり、王国騎士団は強いな。これなら、俺が戦いに出る必要は無さそうだ。回復役も、アイナに任せておけば大丈夫だろうし……」

「ちょっと。ロッシュだって、水属性の治癒魔法は使えるでしょ? 回復役の魔法職は私たちの他に数人しかいないんだから、ちゃんと手伝ってよね」

「だが光属性の聖魔法と違って、水属性の治癒魔法だと、回復力がだいぶ落ちるからな……。どうも聖魔法だけは、昔から苦手でいかん」 


 聖魔法は、自然界の「霊素エレス」を元に詠唱される五属性魔法と異なり、かつて天界に住まう神々が地上にのこしたと言われる「神力セレード」というエネルギーを魔力の源としている。


 神力を魔力に変換するには、神に祈りを捧げる「神官」として特殊な訓練を積み重ねる必要があり、その魔法は、治癒や解呪に強い効力を発揮するものが多かった。


 この聖魔法を扱える神官を数多く輩出しているのが、ローヴガルドの同盟国であるラスタリア神聖国で、ロッシュの祖母マーサも、若い頃からラスタリアで一流の神官として名をせていた。


 その血を引くロッシュもまた、五属性魔法と同様、優れた聖魔法の才能を持っていてしかるべきなのだが、なぜか聖魔法の扱いだけは幼い頃からからっきしで、幼馴染のアイナにも劣っているのだった。


「本当に、なぜ聖魔法だけダメなんだろうな。幼い頃から教会の祭壇に立ち、けがれ無き全裸姿で股間の十字架をクロスファイヤーさせながら、神々に熱心な祈りを捧げてきたというのに……」

「どう考えてもそれが原因でしょ! そんな罰当たりな人間に神力が使えるかっ‼」


 天罰をも恐れぬ変態の狂気の祭儀さいぎを想像したアイナは、嫌悪感もあらわに叫んだ。


「アイナは五属性魔法だけでなく、聖魔法も満遍なく扱えるからな。神力を使う術者は普通、聖魔法だけに特化していることが多いが……器用なものだ」

「まあロッシュと違って、私の魔法はどれも、威力自体は平均レベルだし……。それに、さすがに『闇魔法』までは使えないしね」


 闇魔法は、魔界に存在するエネルギー「呪力カースト」を力の源としており、一部の魔物や、その上位存在である魔族しか使うことのできない呪法だった。


「平均レベルと言っても、聖魔法の方が俺の水魔法よりは断然頼りになるだろう。しっかり働いてくれよ、アイナ」

「聖魔法は重傷者用の切り札として、温存しておく必要があるの! まだ魔物もそんなに手強くないんだから、軽症者は全員、ロッシュが治療してよ!」

「おいおい、無茶言うなよ……」

 ロッシュは、そう言って苦笑した。



■□■□■□



 その日の夜。

 モノゴッツタケー高地まではまだしばらくの行程を残しており、一行は途中の平場にテントを張って、野営することとなった。


 ロッシュたちはそのテントの一つを借りて、負傷者の治療に当たっていた。


ヌル・ヌール水のせせらぎよミズナ優しきアメ愛撫でアカ傷をナーメ癒せ…………ウォーターヒール!」


「……うお、凄い! 魔物にやられた腕の傷が、どんどん治っていく!」

「結構な深手を負っていたのに……。さすがだな、ツヴァイネイト家の実力は」


「今日はこのまま、ゆっくり休んでください。旅はまだ長いですからね。あと、リハビリついでに、これをどうぞ」

「……これは?」


 治療を受けた騎士団員は、ロッシュが差し出してきた半透明で手のひらサイズの球体を見て、首をかしげた。


「俺が水魔法で自作した『魔法球まほうきゅう』です。傷は塞ぎましたが、握力の衰えを防ぐため、一晩握っているといいでしょう」

「おお、助かるよ‼ (もみもみ)……ぬおっ! なんと絶妙な柔らかさだ‼ この触感は、まるでおっp……」


 予想外の魔法球の感触に、騎士団員は目を輝かせた。


「ふふ、気に入っていただけたようでなによりです」

「すまない、恩に着るよ! いやっほぉ~!(もみもみ)」


 やたらとハイテンションになった団員たちは、手をもみもみしながら、満足気にテントを出ていった。


「さて。一段落したから、俺たちも晩飯にするか……って、どうしたアイナ? 妙な顔をして」


 ややぶすっとした表情の幼馴染に、ロッシュが問いかけた。


「……まさかあんなくだらないのが、練習してた新魔法なの?」

「ん? いやあれは、この前のアクシデントを経て誕生した副産物だ。その節は、大変素晴らしいもみもみをありがとう」

「うるさいっ! バカッ‼」


 先日のもみもみ事件を思い出したアイナは、思わず顔を赤くして怒鳴った。


「……おまけに、『水属性の治癒魔法は回復力がだいぶ落ちる』とか言って、結局聖魔法並みの威力を発揮してるし……。やーね、天才は。騎士科の彼がやっかむのも、分かる気がするわ」

「おいおい、俺に治療しろと言ったのはアイナだろう? ……そういえばあのカインという男も、戦闘には普通に参加していたな」

「そうね。さすが騎士科首席。正規の騎士団員にも劣らない戦いぶりだったわ」


 二人が話していると、そこで当のカイン・レッドバースが、きびきびした歩調でテントの前を横切っていった。

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