38.コネ入隊は煙たがられるのだ

「ロッシュ。実は今度、お前に騎士団の『辺境調査』に参加してもらいたいんじゃが……」


 カインとの決闘を終えた晩、ロッシュは屋敷でカディルにそう告げられた。


「辺境調査というと……騎士団が地方を回って魔物の出没状況などを調べている、あれか?」

「うむ。ちょうど来週、騎士団の第三部隊が北方の『モノゴッツタケー高地』におもむく予定になっていてな。その調査への同行を頼みたいんじゃ」

「別に構わないが、じいさんが俺にそんなことを頼むなんて珍しいな?」

「本来はワシが参加する予定だったんじゃが、陛下の随行で急遽、他国開催の会議に向かわねばならんのじゃ。だが辺境調査の方も、いささか気がかりでな……」

「確かに、先日のエンペラースライムの件もあるしな。分かった。じいさんの代わりに調査に行ってくるよ」

「すまんな。よろしく頼む」


 祖父の言葉にうなずくロッシュだったが、そこでふと、なにかに気付いたような仕草を見せた。


「そうだじいさん。これから風呂に入ろうと思っていたから、今俺が着ている裸封法衣ヌグナリオの術式を、一時解除してほしいんだが……」

「なにを言っておる。お前、風呂はさっき入ったばかりじゃろ」

「じいさんこそなにを言っているんだ。今日は、まだ入浴していないぞ? ……もしかして、年を取って耄碌もうろくしたんじゃないか? おじいちゃん、晩御飯はさっき食べたばかりでしょー?」

「やかましい‼ 服を脱ぐために、くだらない嘘をつくな‼」


 ボケ老人扱いされたカディルが、孫を一喝した。


「あらあら二人共、今日も仲良しですねえ」


 全身からのほほんオーラを漂わせている祖母のマーサが、二人のやり取りを見て楽しそうに笑った。


「マーサ……。どこをどう見れば、これが仲良しに見えるんじゃ……」


 妻ののほほんぶりに毒されて、カディルは変態孫への怒気を削がれてしまった。


「ああ、もういい……。とにかくロッシュ。調査の方はくれぐれも、真面目に頼むぞ。一応お目付け役として、アイナにも同行を頼んでおくからな」

「じいさんそれ、俺のことを全く信用していないよな? ……まあ、分かった」



■□■□■□



 そして一週間後。ローヴガルド騎士団の第三部隊は、モノゴッツタケー高地の辺境調査に向けて、朝早くから王都を出立していった。


 ロッシュと、そのお目付け役をおおせつかったアイナも、カディルに任命された「特別随行者」というていで、馬に乗りながら騎士団と共に草原を進んでいた。


「……なぜ、お前たちが調査隊に参加しているんだ」


 移動の最中さなか、ロッシュたちにそうぼやいたのは、ヌーダストリア学園騎士科の首席、カイン・レッドバースだった。


「それはこっちの台詞だ。学生のあんたが、どうしてここにいる?」

「……騎士科で上位の成績を収めている学生は、いくつかの騎士団の任務に同行することが許可されているんだ」


 そういえば、ジークがそんなことを言っていたな……と思い出したロッシュに、カインは恨めし気な目を向けていた。


「将来に備えて、騎士団の正式な任務を一早く体験できることは、騎士科生徒のほまれだ。……なのにどうして、魔法科のお前たちまで同行を許されている⁉」

「いや。今回は、うちのじいさんに頼まれてな……」

「私も、この男の監視……じゃなくて、付き添いとして参加するよう、師匠に言われてきたんです」


 ロッシュとアイナが言うと、カインの目つきは、一層険しくなった。


「カディル・ツヴァイネイト氏か……。さすが、大魔法使いの孫は違うな。こうも簡単に、騎士団の任務にも特例で参加できるのだからな。私たち騎士科の生徒は、厳しい修練と学科内での競争を経て、ようやくここに加われるというのに……。羨ましい限りだ」


 それだけ言うと、カインは自身の馬の手綱を引き、前方に固まっている騎馬隊の方へ離れていってしまった。


 それを見やり、ロッシュが軽く肩をすくめた。


「どうも挌技場で戦った時より、溝が深まってしまった気がするな」

「ロッシュのあのふざけた剣に負けたんじゃ、無理もないでしょ……」

「俺としては、真剣に戦ったつもりなんだが……。人の心の機微というのは、難しいな」


 それを聞いたアイナは、「いや、この件に関しては、全く難しくないと思うけど……」と、呆れるばかりだった。

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