37.変幻自在、明鏡止水の剣

「さすがは騎士科首席、素晴らしい太刀筋だ。……だが、外見や思い込みだけで他人を判断していると、痛い目を見るぞ!」


 そう言い放ったロッシュは剣を引き、数歩のバックステップで距離を取ると、そこから腰を巧みに揺り動かした独特のリズムで、鋭い突きを放った。


「ぐっ⁉」

 奇怪な動きに戸惑いつつも、どうにか自身の木剣もっけんで股間の突きを受け流すカイン。


「勝負勘も中々だが……これだけでは終わらんよ!」


 そこから、ロッシュの連続攻撃が、カインに驟雨しゅううごとく襲いかかった。


 俊敏でありながら、どこか官能的な腰使いと、独特のピストン・リズムから生まれる、チェンジ・オブ・ペースの刺突。


 その奇想天外な剣技によって、カインの防御は大きく乱されていった。


「……なんだ、この攻撃は⁉ 一体なんなんだ、この男は⁉」

 股間に剣を挟むという珍妙な構えに油断したカインは、大いに面食らっていた。


 変幻自在の刃の軌道、律動的で予測不能な足運び、反撃の隙を一切与えない一撃一撃の重さ。


 その股間剣技はカインを圧倒し、徐々に彼の身体の各所を、ロッシュの突きがかすめるようになっていった。


「嘘だろ……。あのカインが、剣で押されているぞ⁉」

「あんなヘンテコな構えでどうするのかと思ったが、なんて鋭い剣技だ‼」

「あいつ、魔法科だろ⁉ あの剣の腕……いや、剣の股は、只者じゃないぜ‼」

「キャー! ロッシュ君、強ーい‼」

「なんて見事なピストン運動なのー‼」


 二人の戦いぶりに、ギャラリーの熱気はどんどん高まっていった。


「くそっ……‼」

 そんな周囲の熱狂に気を取られる余裕も無く、カインは激しく混乱し、動揺していた。


 騎士科の首席である自分が、剣の戦いで追い込まれている。

 しかも、本来剣を使わない魔法科生徒の、ふざけた剣術に。


「こんな……こんな馬鹿なことが、あってたまるかああ‼」

 そう咆えたカインは、数発の突きを身体に受けるのも構わず、自ら防御を解いて、捨て身の反撃を放った。


 ありったけの全力を込めた峻烈な一撃は、並の剣の使い手なら確実にノックアウトされている威力……だったが、その攻撃挙動は、ロッシュに完璧に読まれていた。


「…………甘い‼」

「なにっ⁉」


 ロッシュは勢いよく袈裟けさに振り下ろされたカインの刃を、まるで時が停止したかの如く、股間の剣でピタリと抑え込んでいた。


「ふんっ‼」


 続いて、ロッシュがパワフルに腰をひねった反動で、カインの剣は彼の手から弾かれて、遠方へと飛んでいった。


 カコーン、コカーンと音を立てて、床に落下する木剣。


 その音が止んだ後、挌技場内は、しばしの静寂に包まれた。


「…………お、おおおおおおおおおおっ‼」


 やがて、誰かの放った喚声に続き、会場がドッと沸き上がった。


「すげえ、ロッシュが勝ちやがった‼」

「魔法科首席が、剣で騎士科首席に圧勝したぞ‼」

「キャー! ロッシュ君の股、凄ーい‼」

「あれこそまさに、ピストンの達人よー‼」

「ううむ、なんと力強い股間……。吾輩も、負けてはいられないでごわす……」


 意外すぎる勝負の結末に、生徒たちは目を爛々らんらんと輝かせ、魔法科首席の勝利に賑わっていた。


「馬鹿な……。騎士科の私が、剣で……負けた?」


 一方、敗北を喫したカインは、顔面蒼白になりながら床に膝をつき、身体をわなわなと震わせていた。


 そこに、戦いを終えたロッシュが、ゆっくり歩み寄っていった。


「さすがの腕前だったが……あんたの剣は、あまりにも素直すぎたな。自ら固めた『型』の枠に、ガッチリはまり込んでしまっていた。あれでは、俺の変幻自在の攻撃には勝てないよ」

「ふっ……ふざけるな‼ あんな馬鹿げた剣技が、あってたまるものか‼ あんな戦い方、実際の戦闘ではあり得ないことだ‼」


 カインがカッとなって言い放つと、ロッシュはそこで初めて、目に冷厳な光を浮かび上がらせた。


「『実際の戦闘ではあり得ない』、か。確かにそうかもしれないな。……だが、それを言うなら、あんたの最後の攻撃も同じじゃないのか?」

「……なんだと?」


「あんたは最後、俺に全力の反撃をくらわせるため、自らの防御を完全に解いた。あれは、模擬戦だからこそ許された行動だろう? もし俺たちの武器が木剣でなく真剣だったなら、あんな捨て身の行動は取れなかったはずだ」

「そ、それは……‼」


 股間木剣男に思いがけず正論を説かれて、カインは絶句した。


「実戦とは、目の前の状況が絶え間なく変わるもの。人間と行動原理の異なる魔物が相手なら、尚更だ。日々の鍛錬ももちろん大事だが、より重要なのは、常に柔軟な思考力を持って、事態の変化に流動的に対応していくことだ。余計なお世話かもしれないが、あんたはもっと、そのガチガチに凝り固まった頭を柔らかくした方がいいと思うぞ?」

「………………」


「いいこと言ってる風だけど、色々と台無し……」

 股に木剣を挟んだまま騎士科首席をさとすロッシュの姿に、アイナが呟いた。


「私が、実戦を軽んじていたというのか? そんな、そんなことは…………」


 そしてカインは、ロッシュの指摘を受けて、半ば放心状態となっていた。


 その姿にアイナは、「思い込みは激しいけど、悪い人じゃなかったみたいだし……。こんな変態に負けたのは、ちょっと気の毒だな……」と、同情の視線を送ったのだった。

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