36.たしかに、アブノーマルだ

「おい、聞いたか⁉ 魔法科首席のロッシュと騎士科首席のカインが、挌技場かくぎじょうで決闘するらしいぞ‼」

「マジかよ⁉ 原因はなんだ⁉」

「どうも女絡みらしい。ほら、ロッシュの幼馴染っていう、魔法科の女子がいるだろ?」

「ああ、あのメガネかけた、ちょいエロな感じの……」

「詳しい経緯は分からんが、ロッシュが実習室でその女子と乳繰ちちくり合っていたところに、カインが怒って乗り込んだって話だ」

「なっ……カインの奴、なんて現場に突入しやがるんだ‼ 正気の沙汰じゃねえぜ‼」

「全くだ。そもそも今日、実習室が爆発したのも、ロッシュたちが激しくイチャついていたせいらしいからな」

「なんと……さすがは魔法科首席。乳繰り合いもアブノーマルだな!」

「……なあ。もしかして、カインもその女子に惚れていたんじゃないのか?」

「キャー‼ それって、横恋慕よこれんぼってこと?」

「凄いわ‼ ドロドロの修羅場展開よー‼」

「この勝負は、なにがなんでも見届けないとな‼ 挌技場へ急げ‼」



■□■□■□



「……なんで、こんなことに……」


 そんなこんなで、挌技場に集まった大勢の生徒たちを見回して、アイナはうんざりしていた。


「気にするなアイナ。お前の胸は、大変素晴らしい触り心地だったぞ」

「そんなことは気にしてないっ‼」

 いつも通りマイペースなロッシュの言葉に、アイナはボッと頬を染めた。


飄々ひょうひょうとしていられるのもそこまでだ、ロッシュ・ツヴァイネイト‼」


 鬼気迫る声を放ったカイン・レッドバースが、ロッシュに一本の剣を投げてよこした。


 床に落ちたそれは、騎士科の訓練や模擬戦で使用されている、木製の剣だった。


「名門ツヴァイネイト家の名をいいことに、嫌がる女子生徒に無理やり乱暴をはたらく貴様の醜行、風紀委員長として看過することはできん‼ 魔法科首席がそんな有り様では、ヌーダストリア学園の品格が問われるというもの! 今までは誤魔化すこともできただろうが、私が目撃したからには、そうはいかんぞ‼ さあ、剣を取れ‼」


「どうも誤解があるようだが……俺と、この木剣もっけんで戦おうというのか?」

「本当なら実戦用の真剣で叩き斬ってやりたいくらいだが……魔法科の生徒である貴様への、せめてもの情けだ。だが、木剣でも容赦はせんぞ‼」


 そう宣言したカインが自身の剣を構えると、場内のギャラリーから「おおっ」と声が起こった。


「あのカインの構え……本気だ‼」

「いくらロッシュでも、さすがに剣の勝負じゃ分が悪いぞ!」

「一人の女性を巡って首席同士が相撃あいうつなんて、まるで物語の世界ね。ロマンチックだわ……」


 挌技場の中心にいる当人たちをよそに、ギャラリーは大盛り上がりだった。


「なんか、妙なお祭り騒ぎになってるんだけど……」

 ロッシュの後ろに立つアイナが、居心地悪そうに呟いた。


「皆が盛り上がるのは、別に悪いことじゃないさ。だがあの男は、どうも話を聞いてくれそうにないな……。仕方ない。こうなったら俺なりのやり方で、この場を収めるとしよう」

 言いながらロッシュは、床に放られた木剣を拾い上げた。


 ……そして、手に持っていたそれを、黙って自らの両腿りょうももの間に挟み込んだ。


「……⁉ 貴様‼ なんのつもりだ⁉」

「ん? あんたの望み通り、剣で戦うつもりだが……」


 眉を吊り上げたカインに、股から木剣を生やしたロッシュが、平然と言い放った。


「貴様……私を愚弄しているのか⁉」

「愚弄などしていない。俺は、正式な剣術を習ったことの無い素人だからな。この構え方が、一番身体に馴染むんだ。別に問題は無いだろう?」

「……たわけたことを‼」


 おふざけとしか思えないロッシュの構えに激昂したカインは、木剣を振り上げて斬りかかった。


 その動きは迅速を極め、観戦する生徒のほとんどが、彼の初動を目で追うことすら叶わなかった。


 ……が、しかし。


「……なに⁉」


 ロッシュは股間に生やした剣で、見事にカインの初太刀しょたちを受け止めていた。


 信じがたいその光景に、カインの背筋からジトリと冷たい汗が流れた。

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